アイキャッチ写真提供:JAXA
※この記事では「H-Ⅱ」「H-ⅡA」ロケットを「H2」「H2A」ロケットと表記しています 。
●この記事の監修者
東京理科大学
創域理工学部 機械航空宇宙工学科 教授
小笠原 宏
大手航空宇宙企業で30年間にわたり、H2、H2A、H2B、H3ロケット、日本の小型スペースシャトルHOPE、先駆的な再突入機の開発など、数多くの宇宙プロジェクトに従事。2021年、東京理科大学に教授として着任。専門は極超音速熱空気力学、再使用型宇宙輸送システム。大学での研究や教育と並行して、主に技術的な観点から複数の宇宙企業を積極的に支援している。
【日本のロケット開発】70年間の歴史
最新ロケットである「H3ロケット」を知るために、まずは今に至るまでの日本のロケットの歴史を振り返ってみましょう。
ロケット開発の歴史と聞くと、アメリカやソ連といった世界の国々のほうが長い歴史を持っているように思うかもしれません。しかし、じつは、日本のロケット開発にも同じくらい長い歴史があるのです。始まりはなんと1950年代。2024年現在に至るまで、70年近い歴史を歩んできています。
日本のロケット開発の始まりは、1955年
戦後復興から経済成長期に移行した1955年、“日本の宇宙開発の父”とも呼ばれる糸川英夫さんが中心となり開発した「ペンシルロケット」が、公開発射実験を実施し成功しました。これが、日本の宇宙開発におけるロケットの歴史の始まりです1)。ペンシルロケットは、その名のとおり直径1.8cm、全長23cmというとても小さな固体ロケット(※)でした。
※:固体ロケットは、固体燃料ロケットとも呼ばれる。固体推進剤が一気に燃えて大きな推進力があるが、燃焼のコントロールが難しいロケット。構造が簡単なため、小型のロケットに使われることが多い。
このペンシルロケットの開発を皮切りに、その後、固体ロケットのサイズは大きく、そして高く打上げられるように技術研究が進みます。1960年代には衛星放送や気象衛星などが世界的にもスタート。日本でもこれらのような宇宙の実利用を目指し、1969年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の前身である宇宙開発事業団(NASDA)が設立されました。
1970年には、固体ロケット「L(ラムダ)4S」5号機によって、 日本初の人工衛星「おおすみ」の打上げに成功。日本はソ連、アメリカ、フランスに続く人工衛星の打上げ国となり、当時打上げが行われた内之浦は祝福ムードに染まりました。
1970年代から2000年代にかけては、より大型化された固体ロケット「M(ミュー)」シリーズによって多くの衛星を打上げ、日本の宇宙開発はさらに加速します。とくに、Mシリーズの最後となった「M5」ロケットは全長30mで、世界最大の固体ロケットとなり、“世界最高性能”とも言われました。
2013年には低コスト化された固体ロケット「イプシロン」が打上げに成功し、現在に至るまで運用されています。
〈日本の主な固体ロケット一覧〉
「H3」まで続く液体ロケットの進化
固体ロケットの進歩が進む一方で、衛星放送や気象衛星など、より衛星の実利用を進めるために、打上げ能力や制御能力に優れた液体ロケット(※)の開発も求められていました。しかし、当時は国内の技術だけでは不足していたため、アメリカから技術を導入しながら研究開発を進めていきました。
※:液体ロケットは、液体燃料ロケットとも呼ばれる。液体推進剤の量を調整しながら燃焼させることができ、推進力をコントロールしやすいロケット。精密な軌道投入が必要なロケットや大型ロケットに使われることが多い。
1975年には「N1」ロケット、1981年には「N2」ロケット、1986年には「H1」ロケットの打上げに成功し、数多くの衛星や実験装置を宇宙に運びました。その間、アメリカからの技術を吸収しながら国内の技術研究・開発も進められ、1994年には、初の国産液体ロケット「H2」ロケットの開発に成功したのです。H2ロケットの開発により、日本は初めて自立した大型ロケットを手に入れることができました。
その後、H2ロケットの信頼性向上と低コスト化を図った「H2A」ロケット、そしてその兄弟機である「H2B」ロケットを開発し、2001年に打上げ成功。ただし、この時点でも打上げコストや年間打上げ可能回数などに課題がありました。そこで、2014年から開発が始まったのが「H3」ロケットです。H3ロケットは、これまでのロケットの歴史を受け継ぎつつも、これからの宇宙輸送を担うロケットとして、多くの革新性を持ったロケットです。詳しくは後述します。
〈日本の主な液体ロケット一覧〉
参考資料
【コラム】ロケットの名前の由来って?
さまざまなロケットを紹介しましたが、ここで気になるのが、「ペンシル」「L(ラムダ)」「H」など、バラバラに見えるロケットの名前の由来ではないでしょうか。それぞれ簡単にご紹介します。
・ペンシルロケット
その名のとおり、ペンシル(鉛筆)のように小さいロケットであることに由来しています。ほかにも、並行して開発されていた長さ1m程度のロケットは「ベビーロケット」と名付けられました2)。
・L(ラムダ)ロケット、M(ミュー)ロケット
ペンシルロケットの後に開発されたロケットに「K(カッパー)」ロケットというものがあります。これは言葉の歯切れの良さと語感のユーモラスさから名付けられました。Lシリーズ、Mシリーズは、このKロケットに続くもので、アルファベットにギリシャ文字の読み方を当てています3)。
・Nロケット
Nロケットは、K、L、Mロケットに続くものであることと、日本の頭文字をとって名付けられました2)。
・Hロケット
Hロケットは、燃料に水素を使っていたことから、水素(Hydrogen)の頭文字であるHが採用されました2)。
・イプシロンロケット
イプシロンロケットもL、Mシリーズと同様に、ギリシャ文字の読み方を当てているほか、「Evolution&Excellence(ロケット技術の革新・発展・進化)」「Exploration(宇宙の開拓)」「Education(技術者の育成)」の頭文字が由来となっています。また、「良い(いい)」という言葉の語呂合わせや、Mロケットの“M”を横に倒したイメージで“E“など、さまざまな意味込められています4)。
H2Aロケットとは
H2Aロケットは、H3ロケットの前身となるロケットです。H3ロケットの登場に至るまで、20年以上も日本の基幹ロケット(※)として活躍し続けています。今までに49機打上げており、2025年度に打上げが予定されている50号機を最後に退役し、H3ロケットにその役目を引き継ぎます5)。
※:基幹ロケットは、「安全保障を中心とする政府のミッションを達成するため、国内に保持し輸送システムの自律性を確保する上で不可欠な輸送システム」と定義されている。日本の宇宙開発において、人工衛星や探査機、物資などを輸送するためのロケットなどを指し、海外に依存することなく、日本が自律して打上げられるもの。現在、H2Aロケット・H3ロケット・イプシロンロケットが基幹ロケットに位置付けられている。
参考資料
H2Aロケットの開発背景
前述でも簡単に紹介しましたが、H2Aロケットは、日本初の純国産液体燃料ロケット、H2ロケットの信頼性向上と低コスト化を目的に開発されました。H2ロケットの開発は、ねじの一本まで国産にこだわり、その結果コストが高くなってしまっていたことが課題でした。
そこでH2Aロケットでは、設計の簡素化や製造作業・打上げ作業の効率化、一部海外部品の使用などを実施し、打上げコストはこれまでの2分の1以下を実現したのです5)。これは長年コスト面の課題があった日本のロケット開発において、大きな一歩となりました。
また、H2ロケットでは1998年の5号機・1999年の8号機が相次いで打上げ失敗となっていました。そこで、開発中だったH2Aロケットでは、それらの結果も踏まえて改良が行われることとなったのです。
こうした背景の後、2001年の運用開始からは49回中48回 の打上げ成功。約98%の打上げ成功率6)で、世界的にみても高い信頼性を誇るロケットとなっています。
参考資料
H2Aロケットの特徴
H2AロケットはJAXAと三菱重工業を中心に開発された大型の二段式ロケット(※)で、第一段と第二段に液体水素と液体酸素を燃料とする強力なエンジンを搭載しています。
※:二段式ロケットとは機体を二段に分け、一段目に点火して速度を上げ、一段目が燃え尽きたら切り離して、二段目に点火してさらに速度を上げる方式のロケット。
また、より推進力を上げるために、固体ロケットブースター(固体燃料補助ロケット)という補助ロケットが2本または4本取り付けられています。
このブースターを使うことで、より大きく重い人工衛星や探査機を打上げることも可能です。
また、設計の簡素化や製造作業・打上げ作業の効率化によって、打上げコストをH2ロケットの半分となる約100億円に削減成功。コストパフォーマンスがよく、高い成功率を誇り、信頼性の高い日本の大型主力ロケットとして、2001年から多くの重要なミッションを成功させてきました。
H2Aロケットのミッション
H2Aロケットは、人工衛星・探査機などの打上げに使われてきました。
ミッションごとに重量の異なる衛星に合わせて、4形態の標準型ロケットから選択できる柔軟性もあるため、日本のみならず、他国の衛星の打上げを担うことで国際的な宇宙ミッションに貢献しました。結果として、宇宙開発における日本の国際競争力を高める存在となっています。
なお、H2Aロケットの設備と技術を使って能力を向上させた兄弟機、H2Bロケットは、国際宇宙ステーション(ISS)への補給任務に使われ、宇宙ステーション補給機「こうのとり」の打上げなどを行っています。2009年9月から2020年5月までに9機すべての打上げを成功させ、退役しました7)。
参考資料
H2Aロケットの失敗、成功までの道のり
以下、主なH2Aロケットの打上げを一覧で紹介します8)9)。
機体 | 打上げ日 | 内容 |
---|---|---|
試験機1号機 | 2001年8月29日 | 【成功】 性能確認用のペイロードを搭載し成功。 |
6号機 | 2003年11月29日 | 【失敗】 2本の固体ロケットブースターのうち1本の分離に失敗。予定した高度と速度に達することができないため、破壊指令信号によって太平洋上に落下。 |
15号機 | 2009年1月23日 | 【成功】 日本で過去最多となる8つもの小型衛星機を軌道に乗せた。 |
49号機 | 2024年9月26日 | 【成功】 最新の打上げ(2024年12月時点)。 |
これまで打上げた49機のうち、失敗は6号機の一回のみ。非常に高い打上げ成功率を誇っています。
H3ロケットとは
約70年の歴史のある日本のロケット開発。その最新機であるH3ロケットには、これまでのロケットのさまざまな技術や経験が活かされています。H3ロケットについて詳しく説明します。
H3ロケットの開発背景
H2Aロケットの成功を受け、日本として宇宙への輸送手段を持ち続けられるよう開発されたのが、後継機であるH3ロケットです。次世代の大型基幹ロケットとして、世界中の利用者から「使いやすい」ロケットとなることを目指しており、国内外問わず、政府の衛星だけでなく、民間企業の商業衛星、探査機などにも利用してもらうことを目標としています。
この使いやすさを追求するためには、「柔軟性」「高信頼性」「低価格」の3つの要素を掲げており、日本から世界をリードする輸送ロケットとして期待されています10)。
参考資料
H3ロケットの特徴
H3ロケットについても、JAXAと三菱重工業によって開発された二段式液体ロケットです。2014年から開発が始まり、2023年に試験機1号機が打上げられました。
H3ロケットの特徴は、機体のカスタマイズが柔軟なことと、優れたコストパフォーマンスです。
柔軟性の面では、今後さまざまなミッションに対応するため、革新的なモジュール化設計が採用されています。打上げるものの大きさや重さなどに合わせて、固体ロケットブースターの数や、機体の構成を変更することが可能です。このように、ひとつひとつのミッションに合わせて機体をカスタマイズすることで、さまざまな軌道に、多種多様な大きさ、重さの衛星を打上げることができます。
また、H2Aロケットから大きく改良されたものの1つがエンジンです。H2AロケットのメインエンジンLE-7Aは、構造が複雑なため、各所にかかる圧力や温度の条件が厳しく、またエンジン起動の制御も難しいなどの短所がありました。そこで、H3に搭載した新型エンジンLE-9は、日本独自のロケットエンジン技術「エキスパンダーブリードサイクル」を採用。簡素化された単純な構造で、異常な燃焼状態になりにくいという利点があり、高い信頼性と低価格を両立させています11)。
また、エンジンの改良とともに、製造プロセスにおいてもこれまでの常識にとらわれない発想を採用しました。自動車などの部品を活用し、一般工業製品のようなライン生産に近づけることで、コストと打上げまでの期間を大幅に削減したのです。これにより、課題となっていた打上げコストを、H2Aの半分に、そして打上げまでの期間も半分以下とすることを目指しています。ロケット打上げのネックだった長期間・高コストといった点において、大きな解決の一歩となりました。
参考資料
H3ロケットのミッション
H3ロケットのミッションは、民間企業の参入などにより、今後ますます需要が増加するロケット打上げ市場において、地位を確立し、国際的な競争力の強化を目指すことです。
国際競争力を強化するためには、政府の衛星だけでなく世界中の民間の商業衛星の受注が欠かせません。H3ロケットは自由度の高いカスタマイズによって、用途にあった価格・能力のロケットを提供できる柔軟性や、受注から打上げまでの期間を短縮することで、商業衛星打上げ市場への参入を積極的に進める予定です。
H3ロケットの失敗、成功までの道のり
以下、H3ロケットの打上げを一覧で紹介します9)。
機体 | 打上げ日 | 内容 |
---|---|---|
試験機1号機 | 2023年3月7日 | 【失敗】 先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)を搭載して打上げましたが、第2段エンジンが着火せず、ミッション達成の見込みがないとの判断から指令破壊信号を送出し、だいち3号が失われました。 |
試験機2号機 | 2024年2月17日 | 【成功】 ダミー衛星と技術実証用の超小型衛星を搭載して打上げに成功。 |
3号機 | 2024年7月1日 | 【成功】 先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)を搭載し、打上げに成功しました。 |
4号機 | 2024年11月4日 | 【成功】 防衛通信衛星「きらめき3号」を搭載し、打上げに成功しました。 |
試験機1号機の失敗から、3号機の成功まで、ニュースでも大きく取り上げられ、その成功までの道のりをチェックしていた方も多いのではないでしょうか。2024年11月には、4号機の打上げも成功し、今後ますますH3ロケットの活躍が期待されます。
H3ロケットとH2Aロケットの違い
今後の打上げ予定や開発の展望
成功率約98%を誇るH2Aロケットと、先進性の高いH3ロケットは、日本の宇宙開発を支える中心でもあり、日本の技術の高さを世界にアピールする重要な役割も果たしています。2025年度中にはH2Aロケットが現役引退、H3ロケットの運用が本格的になっていく中で、今後も日本のロケットの活躍が、国内外の宇宙利用をさらに推進し、新たな未来の扉を開けることが期待されます。
今後のロケット打上げ予定
最後に、今後の主なロケットの打上げ予定を紹介します12)13)。
打上げ予定日 | 機体 | 打上げ場所 |
---|---|---|
2025年2月1日 | H3ロケット5号機 | JAXA種子島宇宙センター |
2025年度中 | H2Aロケット50号機 | 未発表 |
未定 | イプシロン7号機 | 未発表 |
ロケットの打上げは、イベントとして見学ツアーなども実施されています。打上げは一生モノの感動ともいわれる一大イベントなので、宇宙好きの方はぜひ参加してみてください。
主な日本のロケット発射場とその見学スポットについては以下の記事でご紹介しているので、あわせてご覧ください。
【関連記事】日本のロケット発射場はどこにある?立地条件や打上げが見られるスポットもご紹介
また、上記の表はJAXA主導のロケット打上げのみのスケジュールですが、民間ロケットの打上げも続々と行われています。2024年12月18日には、宇宙ベンチャー企業スペースワンが開発している「カイロス」ロケットの2号機が打上げられ、注目を集めました。また、打上げ時には、周辺に2カ所の見学場が設置されたほか、WEB配信も行われ、大きな盛り上がりを見せました14)。
※この記事の内容は2024年12月26日時点の情報をもとに制作しています
この記事の監修者
小笠原 宏
東京理科大学
創域理工学部 機械航空宇宙工学科 教授。
大手航空宇宙企業で30年間にわたり、H2、H2A、H2B、H3ロケット、日本の小型スペースシャトルHOPE、先駆的な再突入機の開発など、数多くの宇宙プロジェクトに従事。2021年、東京理科大学に教授として着任。専門は極超音速熱空気力学、再使用型宇宙輸送システム。大学での研究や教育と並行して、主に技術的な観点から複数の宇宙企業を積極的に支援している。