宇宙飛行士ってどんな仕事?
宇宙飛行士と聞くと、SF作品のように大きな宇宙船の操縦をしたり、宇宙空間で惑星を探索したり…といったイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。
実際の宇宙飛行士は、宇宙・地上問わず、最前線で宇宙開発にかかわる仕事です。たとえば日本の場合、現在では国際宇宙ステーション(ISS)に滞在し、さまざまな実験や運用に携わるのが、業務の中心となります。加えて、宇宙に行くために地上で行われる日々の訓練や研究、宇宙開発に関わる普及啓発活動も大切な仕事で、その業務内容は多岐にわたります。
宇宙飛行士になるには、どうすればいい?
宇宙飛行士になるには、具体的にどんなステップを踏む必要があるのでしょうか。その詳細をご紹介します。
まずは宇宙飛行士の試験に合格しなければいけない
宇宙飛行士になるには、まず各国の宇宙機関が実施している“宇宙飛行士になるための試験”に合格する必要があります。これらの試験は、基本的に自身の国籍がある国の宇宙機関でしか受けることができません。たとえばNASAではアメリカ国籍1)、ESA(欧州宇宙機関)では加盟国の市民であることが、選抜試験を受ける必須条件となります。
日本人の場合はJAXAの「宇宙飛行士候補者 選抜試験」に合格することが必要です。この試験はこれまで1983年〜2021年までの間に計6回、不定期で実施されています。
「宇宙飛行士候補者 選抜試験」の応募条件
「目が悪いと宇宙飛行士になれない」「虫歯があると宇宙飛行士になれない」など、宇宙飛行士になるための条件に関するウワサを耳にすることがありますが、実際にはどうなのでしょうか。
JAXA「宇宙飛行士候補者 選抜試験」の応募資格2)を詳しく見てみましょう。2021年に行われた第6回試験の際の応募資格は、以下のすべてを満たす人とされています。
- 日本国籍を有すること
- 2022年3月末の時点で、3年以上の実務経験を有すること(※)
- 身長:149.5〜190.5㎝
- 視力:両眼とも矯正視力1.0以上
- 色覚:正常(石原式による)
- 聴力:正常(背後2mの距離で普通の会話が可能)
※:修士号取得者は1年、博士号取得者は3年の実務経験とみなす。
上記のほか、刑の執行中である場合や反社会勢力と関係がある場合などは、応募資格がありません。
こう見ると、年齢制限がないことに加え、身長の幅も広く、視力も“矯正視力”が条件となっており、意外に厳しくないと思うのではないでしょうか。
ちなみに、上記に記載がないとおり、虫歯があったとしても治療していれば宇宙飛行士になることは可能です。また、歯に詰め物があっても問題ないようです3)。
最新の選抜試験では、条件が緩和されている
2021年に行われた第6回の「宇宙飛行士候補者 選抜試験」は、前回の試験から約13年ぶりの実施となっており、全体的に応募資格の内容が緩和されたことで注目を集めました。
緩和された主な条件は以下のとおりです。
〈緩和された条件〉2)4)
内容 | 2018年 | 2021年 |
---|---|---|
学歴 | 自然科学系の4年制大学卒業以上 | 学歴不問 |
実務経験 | 自然科学系分野における3年以上の実務経験 | 3年以上の実務経験 |
身長 | 158cm〜190cm | 149.5cm〜190.5cm |
体重 | 50kg~95kg | 不問 |
血圧 | 最高140mmHg以下かつ最低90mmHg以下 | 不問 |
体力 | 水着及び着衣で75m(25m×3回)を泳げること。10分間立ち泳ぎが可能 | 不問 |
普通自動車免許 | 採用時までに取得可能 | 不問 |
2008年の試験では、上記のほか、英語能力や教養、10年以上の勤務が可能であることなども条件とされており、応募できる人が限られる内容となっていました。
対して2021年の試験では、学歴が緩和されたことにより社会人でも応募がしやすくなったほか、ロケットなどの技術の進化により、身長や体重に関する条件も緩和されました。また、泳力や普通自動車免許については、応募〜採用時までに準備が必要だったものが、2021年の試験では採用後の訓練でこれらの取得がプログラムされており、応募時点での間口がかなり広がったといえるでしょう。
より多様な人材が集まることを期待して、これらの応募条件の緩和が行われた結果、2008年に963名5)だった応募者数が、2021年には4,127名6)と4倍以上に増加しました。宇宙飛行士を目指せるチャンスは、以前より拡大しているのです。
選抜試験の内容
2021年の試験は、書類選抜を経て第0次〜第三次選抜までの4段階で実施されました。約1年の期間をかけて行われ、教養的な試験のほか、健康状態の検査結果などを総合的に評価し、各段階へ進む人が選ばれています2)。
試験内容 | |
---|---|
書類選抜 |
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第0次選抜 |
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第一次選抜 |
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第二次選抜 |
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第三次選抜 |
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※1:STEMとは、 Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の略。
2021年の具体的な試験内容は公開されていません。ただ、1991年に実施された、第2回宇宙飛行士選抜試験の合格者である宇宙飛行士の若田光一さんによると、当時の試験では「脱獄計画を立てる」という課題があり、7〜8人のグループでプレゼンテーションを行ったそう7)。
試験を受ける誰もが経験したことのないテーマをディスカッションする、非常におもしろい試験内容ですね。
参考資料
【コラム】宇宙飛行士選抜試験の倍率は2,000倍超え!
ここで、2021年に募集された選抜試験の経過をチェックしてみましょう6)。
応募総数は4,172名。そこから、書類選抜〜第三次選抜を経て、最終的に宇宙飛行士候補者となったのは2名(女性1人、男性1人)。じつに2,000倍以上の倍率となりました。
また、性別や年代別の比率も公開されています。
男性77.6%、女性22.3%と、男性が多く感じますが、前回の2008年時には男性87%、女性13%だったため、女性の割合が10%近く増加しています。また、40代以上の割合も増加しており、応募条件の緩和により幅広い属性の人が応募していたことがわかります。
選抜試験で評価されるポイントは?
宇宙飛行士の選抜試験では、どのような人材が評価されるのでしょうか。JAXAの募集要項の「求める人物像」には、このような記載があります2)。
- 国際共同事業、多国籍なメンバーシップのチームの中において、日本の代表として、多様性を尊重しつつ、ミッションを成功に導くための協調性と十分なリーダーシップを発揮できる。
- 来たる国際宇宙探査ミッションを見据え、様々な環境に対しても適応能力があり、宇宙という極限環境での活動においても、柔軟な思考と着眼点を持ち、自らを律しつつ、適時的確な判断と行動ができる。
- ミッション参加により得た経験・体験・成果を世界中の人々と共有する表現力・発信力があり、それらを活用し人類の持続的な発展や次世代のために貢献する。
※:JAXA 有人宇宙技術部門「2021 年度 宇宙飛行士候補者 募集要項」から抜粋2)。
一般企業と同じく、協調性やリーダーシップ、柔軟な思考などが求められていることがわかります。
また「評価する特性」として、以下のような要素も。
宇宙飛行士になるには、意志の強さと健康な身体、さらには柔軟で幅広いスキルが必要になるといえそうです。
宇宙飛行士が宇宙に行くまでの道のり
試験に合格したとしても資格は「宇宙飛行士候補者」なので、すぐに宇宙に行けるわけではありません。そこから、どのように正式な宇宙飛行士になり、そして宇宙に行くのか、その道のりを紹介します。
〈宇宙飛行士が宇宙に行くまでの道のり〉8)
- 「宇宙飛行士候補者 選抜試験」に合格
- 宇宙飛行士候補者として、基礎訓練を受ける
- 訓練を経て、正式な宇宙飛行士となる
- 任務が決まるまで、維持・向上訓練を受けて待機
- 任務が決まると、アサインド訓練(任務に向けた訓練)を受けて準備する
- 宇宙へ行き、任務遂行
宇宙飛行士候補者に選ばれてから、実際に宇宙に行くまでには長くて7〜10年、タイミングによってはそれ以上の年月を要する場合もあります。たとえば、宇宙飛行士の山崎直子さんの場合は、1999年に宇宙飛行士候補者に選ばれてから、2010年に実際に宇宙に行くまで、じつに11年もの時間がかかりました。
宇宙飛行士の訓練内容
「宇宙飛行士候補者 選抜試験」に合格すると、まず約2年間にわたる「基礎訓練」を受け、その後、正式な宇宙飛行士に認定されます。また、宇宙飛行士になったあとも、宇宙に行くまで訓練が続いていきます。
以下、それぞれの訓練について説明していきます。
宇宙飛行士候補者の基礎訓練(約2年間)
基礎訓練では座学から実習・実技訓練までこなし、宇宙飛行士に必要なさまざまな知識・スキルを身につけます。
〈訓練内容〉
訓練項目 | 訓練概要 |
---|---|
イントロダクション | JAXA職員として必要とされる基本的な業務内容、宇宙開発の歴史と現状 |
施設見学 | 国内外のJAXA事業所及び主要関連企業の見学 |
基礎工学 | 航空宇宙工学等の基礎的な知識の習得 |
宇宙開発プログラム概要 | 日本及び各国の宇宙開発プログラム、宇宙機の概要、国際宇宙探査計画概要 |
ISS運用 | ISS計画の枠組み、ISS運用の概要 |
ISSシステム | ISSを構成する各システムの概要 |
JEMシステム | JEM(きぼう)の開発プロセス、運用管制システム、各システムの概要 |
宇宙科学研究 | 宇宙科学研究、宇宙環境利用研究の概要 |
ライフサイエンス | ライフサイエンス研究の目的とライフサイエンス関連の基礎知識習得 |
材料・流体科学 | 材料科学、結晶生成、流体に関する概要 |
地球観測・宇宙観測 | 地球観測、宇宙観測、地質学に関する基礎知識の習得 |
基礎能力訓練 | 宇宙飛行士として必要とされる能力(健康管理・体力訓練、写真撮影、航空機操縦、語学等)の習得 |
なおJAXAは、実際に2021年の試験で選抜された諏訪 理さん、米田あゆさんの基礎訓練レポートも公開しており、WEBサイトで訓練の様子や二人の感想を見ることができます。気になる方はぜひご覧ください。
宇宙飛行士認定後の維持・向上訓練(不定期)
基礎訓練が終了すると、宇宙飛行士として正式に認定されます。2021年の試験の場合には、2023年2月28日に宇宙飛行士候補者の2名が発表され、2024年10月に正式な宇宙飛行士として認定されました。
正式な宇宙飛行士となったあとも、任務が決まるまでは基礎訓練の習得内容を維持・向上させながら、待機することとなります。進行中のミッションによって待機期間は異なります。
また、維持・向上訓練の中には、日本だけでなく各国の宇宙機関の訓練に参加する場合もあるそう。訓練の中で技能や実績を積み、ほかの宇宙機関からも信頼を得られた宇宙飛行士から、任務が決まっていくのです9)。
任務決定後のアサインド訓練(1〜2年間)
参加ミッションが決定すると、1〜2年間にわたる「アサインド訓練」を経て、いよいよ宇宙空間へと足を踏み出すことになります。アサインド訓練は国際宇宙ステーションの参加パートナー(アメリカ、ロシア、欧州、カナダ、日本)で行われ、担当する任務にあわせて、実験機器やロボットアームの操作、船外活動、輸送機の操作など、宇宙飛行士に必要なスキルを徹底的に高めていきます。
宇宙飛行士の仕事内容
宇宙飛行士の業務はおもに4つあります。実際に宇宙空間で活動する「搭乗業務」と、地上で行われる「訓練業務」「技術業務」「アウトリーチ業務」に分けられます。
宇宙で実際に行う仕事は? 搭乗業務の内容
数年の待機期間を経て、晴れて「搭乗業務」を担うことになったら、どのような仕事を行うのでしょうか。以下、主な業務をいくつか紹介します。
〈搭乗業務の一例〉2)10)
- 宇宙船への搭乗
- 国際宇宙ステーション(ISS)に滞在(最長6カ月程度)
- 宇宙環境を利用した実験
- 実験モジュール「きぼう」の操作、保守運用
- 船外活動
- 月面着陸船への搭乗
- 月面での滞在
- 月面での船外活動
など
日本の宇宙飛行士が担う登場任務の中心は、ISSに滞在してさまざまな実験・運用を行うことです。ときにはロボットアームを操作する作業や、宇宙服を着て船外活動をすることもあります。
さらにJAXAは現在、NASA主導の月面ミッション「アルテミス計画」に参加しています。そのため、近い将来、月面への短期滞在や実験・研究に携わる可能性も高いでしょう。
【関連記事】アルテミス計画とは?目的やスケジュール、日本の役割などを解説
参考資料
地上での業務も多岐にわたる
地上でも宇宙飛行士にはたくさんの仕事があります。たとえば、ミッション参加までの訓練も立派な業務の一部です。また、実験装置の開発や各種運用計画の立案など、「技術業務」にも携わります。さらに、宇宙について広く発信することも大切な役割。講演会やメディア対応、広報活動などの「アウトリーチ業務」も、その仕事のひとつです。
【コラム】宇宙飛行士は公務員? 年収はどのくらい?
さて、ここで気になる宇宙飛行士の雇用形態や年収事情も掘り下げてみましょう2)。
●所属
日本の宇宙飛行士はJAXAの所属となります。JAXAは「独立行政法人」であり、その職員は公務員ではありません。
●勤務地
地上での勤務地はJAXAの筑波宇宙センターですが、海外の施設で訓練を行うこともあり、長期海外出張も多くなるそうです。
●勤務時間
原則9時30分〜5時45分。フレックスタイム制度、テレワーク勤務制度などが導入されています。ただし、訓練やミッション中はこの限りではありません。
●給与
給与は経歴などを考慮のうえ、JAXAの規定により決定されます。参考までに2021年の募集要項に記載された「本給(月額)」は以下のとおり。
- 30歳:約32万円
- 35歳:約36万円
この他にも、昇給年1回・賞与年2回、超過勤務手当・住居手当・通勤手当・特殊勤務手当などの諸手当、退職金制度があるそう。
また、宇宙飛行士として正式に認定され、特定の訓練やISS滞在任務への参加が決まると、「宇宙飛行士手当」として本給の2〜8割程度がプラスされるようです11)。
JAXAの公式サイトでは、最終学歴・実務経験年数を入力すると年収を試算することもできます。これによると、たとえば修士卒・実務経験3年の場合は「年収550万円」とのこと。
ただしこれはあくまでJAXA職員の年収を概算したもの。宇宙飛行士には任務にあわせてさまざまな手当が支給されるほか、超過勤務手当の額も変動するため、実際の金額には大きく幅があると予想できるでしょう。
参考資料
11)JAXA「職員給与規定」
日本の宇宙飛行士一覧
これまでに宇宙へ行った日本の宇宙飛行士は、全部で12人。加えて、2021年募集の選抜試験により諏訪 理さん、米田あゆさんの2人が新たに宇宙飛行士候補者となりました。2人はすでに基礎訓練を終え、2024年に正式に宇宙飛行士として認定されています。
前述の「アルテミス計画」では、この2人が月面に降り立つ可能性もあり、実現すれば日本人初の快挙となります。
〈日本の宇宙飛行士一覧〉12)
名前 | 打上げ年 | 概要 |
---|---|---|
毛利衛 | 1992年 2000年 | スペースシャトルに初めて搭乗した日本人 |
向井千秋 | 1994年 1998年 | アジア人初の女性宇宙飛行 |
若田光一 | 1996年 2000年 2009年 2013年 2022年 | 日本人として初めてISSの船長を務めた。5度の宇宙滞在を行っている |
土井隆雄 | 1997年 2008年 | 日本人として初めて船外活動を行った |
野口聡一 | 2005年 2009年 2020年 | 初の民間宇宙船であるスペースX社のクルードラゴン初号機に搭乗 |
星出彰彦 | 2008年 2012年 2021年 | 日本人として2人目のISS船長を務めた |
山崎直子 | 2010年 | 野口総一さんとともに、日本人として初めて2人同時にISSに滞在した |
古川聡 | 2011年 2023年 | 日本実験棟「きぼう」での実験やISSの維持管理を行った |
油井亀美也 | 2015年 | 宇宙ステーション補給機「こうのとり」などのロボティクス運用などを行った |
大西卓哉 | 2016年 | 船外活動支援のロボティクス運用や、科学実験などを行った |
金井宣茂 | 2017年 | 各種実験活動のほか、補給船や船外活動の把持を行った |
米田あゆ | 訓練中 | 日本赤十字社医療センターの外科医。合格時は28歳で最年少タイ |
諏訪理 | 訓練中 | 世界銀行上級防災専門官。合格時の46歳は最年長で、国際開発の専門家から宇宙飛行士が選ばれるのは初 |
参考資料
今からでも宇宙飛行士を目指せるかも?
「夢の職業」ともいえる宇宙飛行士ですが、募集条件が緩和され、その門戸は以前よりも広くなっています。また、JAXAは2021年以降、約5年おきに宇宙飛行士の募集を行う予定13)としているので、次回は2026年頃に行われる可能性もあります。
宇宙飛行士を目指すのは、大人になってからでも遅くありません! あなたにも、宇宙の最前線で活躍するチャンスがあるかもしれません。
※この記事の内容は2025年1月27日時点の情報をもとに制作しています