宇宙と私たち、どんな関わりがある?
もし私たちの生活から、“宇宙”がなくなったらどうなるでしょうか。おそらく、正確な時間はわからず、道に迷い、明日の天気もわからなくなるでしょう。
このように、今や暮らしにかかせない存在となっている“宇宙”。天気予報、GPS、インターネットなどなど…、じつは毎日宇宙と関わりあいながら生活をしています。
そうした便利な生活を支えるのが人工衛星やロケットなどの存在ですが、なんとこれらに用いられた技術が、地上の身近なアイテムにも用いられているんです。
たとえば、低反発素材や360°カメラ、そしてコーヒーやお酒の“缶”など。意外と、誰もが一度は見たことがある身近な場所に、宇宙技術が浸透しています。
日常に溶け込む宇宙技術アイテム
ここからは、意外と知らない宇宙とつながりのあるアイテムのなかから、SpaceMate編集部がとくに気になったものを3つクローズアップ。企業の担当者の方々に宇宙技術を使い始めたきっかけを聞きながら、編集部が実際に使ってみた感想もお届けします!
名刺から人工衛星まで!どんなものもコンパクトに折り畳む「ミウラ折り」
蛇腹のようになっていて、簡単に広げたり閉じたりできる地図を手にしたことはありませんか? この地図には、日本の研究者が考案した「ミウラ折り」という宇宙技術が取り入れられています。また、前述で紹介したダイヤカット缶も、このミウラ折りが元となっています。
現在、ミウラ折りを使った商品の生産・販売を行っている井上総合印刷の阿彦さんにお話を聞きました。
●話を聞いた人
株式会社井上総合印刷
阿彦由美さん
株式会社井上総合印刷ミウラ折り事業部部長。デザイナーとして、ミウラ折りの商品開発などに携わり、現在はミウラ折りの商品の普及・販売に努めている。
ポイント①少ない力で開閉できて壊れにくい
SpaceMate編集部「ミウラ折りの地図を実際に触ってみましたが、開くときも畳むときもほとんど力いらずで、ワンタッチできれいにまとまりますね! どんな宇宙技術が使われているのですか?」
阿彦さん(井上総合印刷)「人工衛星に搭載された太陽電池パネルの開閉に使われました。最初に宇宙で利用されたのは1995年、「宇宙実験・観測フリーフライヤ」に採用され、宇宙空間での開閉実験に成功しました」
SpaceMate編集部「太陽電池パネルって折り紙みたいに折り畳めるんですね! ちなみに、“ミウラ”折りという名前からすると、日本人が関わっているんでしょうか?」
阿彦さん「ミウラ折りは、東京大学の名誉教授で宇宙構造工学の研究者である三浦公亮先生が、NASAの研究員であった1970年に構造物の破壊の研究をしていたときに、ロケットの胴体にできたシワから着想を得て誕生したそうです。
通常、紙などを折り畳むと折り目は長方形や正方形になりますが、ミウラ折りはジグザグに折るため平行四辺形になります。平行四辺形だと折り目が重ならず、折り全体に力が加わりやすくなって、少ないエネルギーでの開け閉めが可能となります」
SpaceMate編集部「確かに、特殊な折り目なんですね。どのように作られているのでしょうか?」
阿彦さん「専用の機械で作成しているのもありますが、なかには手作業で作るものもあります。特徴である斜めの折り目は機械化が難しいんですよね。ミウラ折りの商品は2000年代から作られていますが、当時、三浦先生の元には、日本人だけではなく、海外からも『ミウラ折りの技術を使用させてほしい』と訪れた方がいたそうです。でも、機械を作って大量生産することができず、途中で断念した人も多かったと聞いています。私も、専用の機械ができる前に手作業で10万部作るのに関わったことがあります」
SpaceMate編集部「10万部! すごい数ですね。手作業ということは、誰でも折れるものなのでしょうか?(笑)」
阿彦さん「折り紙が苦手でなければ、折ることはできますが、同じ仕上がりにするのは至難の業です。実際に、10万部作成したときは多くの方に手伝っていただきました。三浦先生自身も、登山の際に入手した地図を一度アイロンで伸ばし、自らミウラ折りで折り直して使っていたそうですよ」
ポイント②変幻自在!?もしもの時にも役立つ
SpaceMate編集部「地図の他に、ミウラ折りを使った商品にはどんなものがあるんですか?」
阿彦さん「災害時に広げてプライベート空間を確保できるアコーディオンブースも好評です。広げると大人が寝転がれるほどの大きさになり、目隠しや間仕切りなどで使うことが可能です。また、『ミウラ折りを使いたい』といろいろなところからご連絡をいただくこともあり、本にもミウラ折りを使っていただきました」
SpaceMate編集部「地図以外にもさまざまな商品に活用できる技術なんですね。コンパクトに持ち運べるので、たとえば応援ボードなどの推し活グッズとも相性が良さそうだと感じました!」
阿彦さん「やってみたいですね。水に強い紙を使ってミウラ折りの商品を作ることもできるので、急な雨の際に傘代わりにもなる地図や応援ボードを作ってみたいとも考えています。皆さんが1人ひとつミウラ折りの商品を持つようになり、楽しく便利に使っていただけるようになったらうれしいです」
NASAのために開発された衝撃吸収素材を使った安心&丈夫なランドセル
全国の百貨店などで販売されている人気のランドセルブランドにも宇宙技術が! 子どもたちの体にやさしいランドセルの誕生秘話やこだわりを伺いました。
●話を聞いた人
CHIKYU株式会社
エグゼクティブセールス 山田舞香さん(写真左)
ランドセルの商品企画や百貨店などのチャネルへの製品販売、イベントの企画・実施を行う。
CHIKYU株式会社
マーケティングチーフ 川口可奈さん(写真右)
会社やブランド、製品のPRやSNSの運用などデジタルマーケティングを担当している。
ポイント①何気ない一言で取り入れた「テンパーフォーム®」
SpaceMate編集部「取材にあたり今回、十数年ぶりにランドセルを背負ってみたのですが、ランドセルと一体になるかのように体を包み込んでくれて驚きました。どの部分に宇宙技術が使われているんですか?」
山田さん(CHIKYU)「テンパーフォーム®という低反発素材を背中と肩ベルトに使用していて、背中へのフィット感はかなりあると思います。この素材が『地球NASAランドセル®』と名付けた理由なのですが、NASAの宇宙船が離陸する際に、宇宙飛行士の体にかかる強い重力を分散するために船内のシートに使われていた素材なんです。テンパーフォーム®によって、衝撃を吸収し重さを分散することは、お子さんの快適性や安全性のUPにもつながります。じつは約30年前から搭載している素材です」
SpaceMate編集部「そんなに前からあったんですね。テンパーフォーム®を使い始めたきっかけは何だったんでしょうか?」
山田さん「弊社は元々、ランドセルメーカーと百貨店の間に入る問屋で、ある日、百貨店から『ランドセルは似たようなものばかりだから、宇宙船の素材を使ったようなインパクトのあるランドセルがほしい』というご意見をいただいたそうなんです。その言葉を聞いた当時の担当者が、ランドセルに使用できそうな宇宙技術はないか…と探して見つけたのがテンパーフォーム®でした。当時、業界内でシェアを伸ばしていくため、新しい切り口のランドセルの開発に試行錯誤したと聞いています」
川口さん「6年間使っても壊れないことが求められるので、販売前に耐久試験を何度も行いました。今では6年間使った後に、お下がりで他の子が使えるぐらいの耐久性が備わっています」
ポイント②子どもにも地球にもやさしいものづくりを
SpaceMate編集部「30年とロングセラーの商品ではありますが、これからも宇宙を推し続けていくのでしょうか?」
川口さん「墨田区にある町工場で、ISSで使われるロボットの製造などを行う浜野製作所さんとタッグを組み、金属アレルギーが起きにくい素材を使用した錠前(ランドセルの開閉をする部分)の開発にも取り組んでいます。元々ランドセルの一部に使われているメッキ加工って、環境負荷の高いものなので、このような企業さんたちと協力しながら、地球にやさしいランドセルを作っていけたらいいなと思います」
山田さん「じつは、以前は宇宙服に使われている温度調整剤もランドセルに使っていました。その素材を使うと少し重くなってしまうので、体感重量を優先するため今はテンパーフォーム®だけにしていますが、この素材もまたいつか使えたらな…と考えています」
SpaceMate編集部「宇宙技術が、新たに地球NASAランドセル®に搭載される日が来るかもしれないですね」
山田さん「あと、宇宙らしいデザインを施したものもあるので、ランドセルをきっかけに、お子さんに『宇宙に関わる仕事をしたい』『宇宙に行ってみたい』と思ってもらえたらうれしいです」
地球NASAランドセル®
販売店舗
CHIKYU 青山ショールーム、伊勢丹、三越、松坂屋など全国の百貨店、蔦屋書店はじめ全国の書店など、オンライン販売もあり
宇宙飛行士も愛用!汗の臭いが気にならないウェア
宇宙飛行士は、宇宙滞在中は衣服の洗濯ができず、同じシャツや肌着を何日も着用します。そうなると気になるのが臭い。その悩みを解決する消臭機能を備えたウエアが、宇宙、そして地上でも活用されています。
●話を聞いた人
株式会社ゴールドウイン
ゴールドウイン テック・ラボ 中村研二さん
富山県にある研究開発施設「ゴールドウイン テック・ラボ」研究員。マキシフレッシュ®の開発などに携わる。
株式会社ゴールドウイン
ゴールドウイン事業本部ニュートラルワークス事業部長 大坪岳人さん
同じくゴールドウインが扱うアウトドアブランド「ザ・ノース・フェイス」のアパレル部門のマーチャンダイザーとして素材開発から製品企画を歴任。現在は、コンディショニングブランド「ニュートラルワークス.」の事業部長を務めている。
ポイント①嫌な汗の臭いを除去!オリジナル繊維「マキシフレッシュ®」
SpaceMate編集部「つい先日、登山に行った際に『マキシフレッシュ®』を利用した肌着を着用させていただきました。9時間くらい着用して、汗だくになったのですが全く汗臭さがなくて驚きました! 洗濯した後も、無臭です…!」
大坪さん(ゴールドウイン)「じつは、元々は登山やアウトドアなどの少ない枚数の下着での対応が求められるシーンでの使用を想定して開発したものです。マキシフレッシュ®という繊維は、汗の臭いの原因であるアンモニア臭を中和します。瞬間的に臭いを消すというよりも、長時間着用した際に高い効果を発揮するので、まさに効果を実感いただけたようでうれしいです」
SpaceMate編集部「そうだったのですね。アウトドア製品として開発されたものが、後に宇宙でも着用されることになったというでしょうか?」
大坪さん「マキシフレッシュ®の製品は2006年から市販されていて、宇宙船内服としての着用は2008年に土井隆雄さんが宇宙に行ったときが初めてなので、アウトドアのほうが少しだけ先ですね」
中村さん「経緯をお話すると、開発途中のときに、別件でJAXAと日本女子大が行っていた宇宙服のプロジェクトで当社に声がかかったんです。宇宙ではお風呂に入れないので、宇宙飛行士の方から『臭いがストレスになる』『周りの人に気をつかう』という意見があり、機能性素材を開発している当社にお声がけがあったようです。それで、宇宙での臭いの悩みを解決できるのでマキシフレッシュ®を使うことになったんです」
SpaceMate編集部「アウトドアでの知見が宇宙にも生かされたのですね。そもそもアウトドア向けと船内服では機能などは異なるのでしょうか?」
中村さん「機能というより素材が違いますね。たとえば、宇宙では静電気が火災の原因になるので、静電気を起こさない素材を用いていました。あと、実際に宇宙に行ってからでないと『締め付け具合はどうかな…?』といった着心地を試せない点で苦労しました」
ポイント②高い消臭機能の秘密
SpaceMate編集部「消臭機能を備えた衣類は他にもいくつかあると思いますが、独自の特徴はどんなところですか?」
中村さん「機能面では、繊維の段階で消臭機能を付加していることですかね。消臭機能がついた衣服の多くは生地ができてから消臭加工を行いますが、マキシフレッシュ®は衣類を仕立てる前の繊維の段階で加工を施しています。そうすることで、洗濯をしても消臭機能が落ちにくいのが特徴です」
大坪さん「消臭機能を実感しやすいのは、肌に最も近い肌着がおすすめです。あと、加齢臭が気になる世代の方々へのギフトとしてもおすすめです。幅広い方に、まずは肌着や靴下などから試していただきたいです」
ニュートラルワークス.(NEUTRALWORKS.)
販売店舗
ニュートラルワークス直営店、および全国のザ・ノース・フェイス直営店などのアウトドアショップ、ゴールドウイン総合ショッピングサイトGOLDWIN WEB STORE
宇宙空間だからこそ、高品質で便利なアイテムが生まれる
宇宙に行く過程や宇宙空間での活動では、地上では起こらないさまざまな問題が発生します。たとえば、強い重力に耐えないといけなかったり、同じ服を着続けないといけなかったり…。
そんな過酷な宇宙空間をより安全に、より快適に過ごすために開発された技術には、人類の最先端の知識やアイディアが集まっています。それらを地上の生活に落とし込むことで、私たちの暮らしがさらに豊かになっているのです。
今回紹介したアイテムの中には、手に取りやすいものもあるので、ぜひ宇宙技術を用いた高品質のアイテムを体感してみてください。