そもそも月の土地は誰のもの? 国際的な取り決めを解説
人類が初めて月面に降り立ったのは1969年7月16日のこと。アメリカの宇宙飛行士が月面に星条旗を立てる姿を、写真で見たことがある人も多いはずです。それから半世紀を経た現在、人類を再び月に送るべく、「アルテミス計画」をはじめとしたさまざまなプロジェクトが進められています。
そんな、世界中が月を目指している現在、なぜ「月の土地」が購入できるのでしょうか?そもそも月は、誰かのものなのでしょうか?
じつは、月を含む地球外の土地(不動産)の扱いについては、国際的に2つの大きな取り決めが存在します。
宇宙条約
月の土地の扱いに関する、最初の大きな取り決めとなるのが、1967年に発効された「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約(略称:宇宙条約)」1)です。
宇宙条約は、1966年の国連総会で採択され、アメリカや中国、ロシア、そして日本など100カ国以上が批准(※)しています。宇宙空間や月の探査や利用に関する取り決めを記した全17条で構成されており、そのうち、地球外に存在する月やその他の天体、そして宇宙空間の権利については第2条に以下の記載があります。
《宇宙条約 第2条》
月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用もしくは占拠またはその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない。
つまり、どの国も月の主権を主張したり、土地の占拠や取得をしたりすることはできない、というわけです。
※:批准とは、内容が確定している条約について、条約を締結する権利をもつ国家機関が確認、および同意すること。
月協定
一方、月の利用についてより詳しく取り決めを行ったのが、1979年に国連で採択され、1984年に発効された「月その他の天体における国家活動を律する協定(略称:月協定)」2)です。月面における軍事基地の建設や核兵器の配置を禁じるなど、月面の扱いについて具体的なルールを記した全21条で構成されています。月協定のうち、月の土地の所有に関する記述があるのは第11条の「2」と「3」です。
《月協定 第11条より抜粋》
2. 月は、主権の主張、使用もしくは占拠その他いかなる手段によっても、国家の占有の対象にはならない。
3. 月の表面または地下もしくはこれらの一部または本来の場所にある天然資源は、いかなる国家、政府間国際機関、非政府間国際機関、国家機関または非政府団体もしくは自然人の所有にも帰属しない(後略)。
国家が月の土地を占拠または取得することを禁じた宇宙条約に対し、月協定では国家以外の機関や団体、そして自然人(個人のこと)による月の土地や天然資源の所有も禁じています。つまり、1984年に発効した月協定に従うならば、月の土地を個人が購入することはルール違反、となるわけです。
しかし、この月協定は批准国、署名国合わせて17カ国程度であり、アメリカなどの宇宙開発を進める主要国家も参加していません。そのため、実質的な効力がない状態になっています。
誰でも月の土地を買うことができるのはなぜ?
「宇宙条約」と「月条約」の内容を踏まえて、2024年12月現在、実際に月の土地の販売を行っているのが、アメリカのネバダ州に本社を持つルナエンバシー社です。
ルナエンバシー社が月の土地の販売を始めたのは、1980年のこと。会社を設立したデニス・ホープ氏が、前述した宇宙条約の第2条に注目したことがきっかけでした。
「宇宙条約の第2条で占拠や取得を禁じている対象は、あくまでも『国家』であり、企業や個人は含まれていません。そこで、自分が月の土地を取得すれば、その権利を販売できるのではないかとホープ氏は考えたのです。もちろん、ホープ氏は無断で販売を始めたわけではありません。1980年にサンフランシスコ州で月の所有権に関する申し立てを行い、その申し立ては受理されました。さらにホープ氏は、月の権利宣言書を作成し、国連やアメリカ、そしてソ連(当時)に提出し、どこからも異議を申し立てられることはありませんでした。そのうえでルナエンバシー社を設立し、現在も月の土地の権利書を販売しているのです」(ルナエンバシージャパン・大川さん)
つまり、宇宙条約の“盲点”をついたうえで、法的に正しい手続きを踏み、事業を立ち上げたというわけなのです。
とはいえ、ホープ氏がルナエンバシー社を設立したのは、前述の月協定が発効した1984年以前のこと。月協定に従うなら、ホープ氏が月の土地の所有権を主張することは難しくなります。もちろん、この点についてもルナエンバシー社は理解しており、そのうえで権利書の販売を続けているといいます。
「確かに月協定では、月の土地を個人が所有することを禁じています。しかし、月協定の批准国はわずか13カ国、署名国も4カ国にすぎません。しかも、アメリカや中国、そして日本を含めた宇宙開発に関わる主要国は、月協定を批准していない状況となっているのも事実です(ルナエンバシージャパン・大川さん)
月の土地の購入方法は?
ここまでの解説を踏まえたうえで、月の土地に興味を持った方のために、ルナエンバシー社が販売する月の土地を購入する方法を紹介します。
日本の場合は、日本代理店であるルナエンバシージャパン社のHPから購入が可能です。商品は、月の土地(権利書)のほか、権利書を保存するためのファイルセットや、権利書を携帯可能なサイズにしたムーンオーナーシップカードセットなどがあります。購入手順は以下のとおりです。
月の土地の購入方法
①ルナエンバシージャパンのHPから、購入したい商品を選択する
②購入したい土地の数、権利書に記載したい名前・日時を入力する
③権利書の届け先や配送希望日を入力する
④支払い方法を選択する(代金引換/クレジットカード/コンビニ決済)
注文完了から、2日〜1週間程度で月の土地の権利書が手元に届きます。なお、このHPでは、今回の記事でも紹介した、ルナエンバシー社が月の土地を販売できる理由や、販売にまつわるFAQを確認することもできます。
月の土地の値段は2,700円から!
ルナエンバシー社では、月の土地を、エーカー(約4,047㎡)単位で販売しています。月の土地の権利書のみの値段は1エーカーで2,700円(税込)。1回の手続きで、最大20エーカーまで購入することが可能です。
ちなみに、1エーカーの大きさを正方形でたとえると、一辺が63m程度、坪数では約1,200坪で、サッカーグラウンド1面分程度となります。3,000円弱で、これだけ広大な土地を購入できると考えれば、かなりリーズナブルな設定といえるのではないでしょうか。
月の土地はプレゼントにも人気
ルナエンバシージャパン社によれば、これまでに全世界で約130万人、日本国内でも約30万人が購入しているという月の土地の権利書。誕生日や記念日の贈り物として購入する人も多いことから、月の土地と交換できるギフトカードなども販売されています。
また、隣同士の土地の購入や、権利者名を連名にすることも可能です。1度の注文で2エーカー以上を購入することで、隣り合った土地の権利を2人の名義にできます。恋人や家族など、パートナーで同じ月の土地を所有するなんて、とても夢のある話ですね。
実際に、月の土地を買ってみた!
ここからは、実際に編集部が月の土地を買ってみた内容をレポートします。
今回は、「月の土地 カード付ファイルセット」を購入してみました。月の土地の権利書のほか、ムーンオーナーシップカード、オリジナルファイルが含まれています。注文から、土日をはさんで4日後に届きました。
箱を開けると、オリジナルの封筒(縦38cm×横30.5cm)と、重厚感のある三つ折りの合皮のファイル(縦38cm×横125cm)が梱包されていました。
封筒の中身がこちら。左から、「商品説明書」「月の憲法」「月の土地権利書」「月の地図」、下にあるのが「ムーンオーナーシップカード」です。
月の土地の権利書
こちらが月の土地の権利書です! 個人情報を伏せていますが、権利者の名前として自分の名前が記載されており、特別なものである実感が湧きます。そのほか、権利書には以下の内容も記載されています。
「月の土地の権利書」記載内容
①エリアサイズ(エーカー数)
②ロットナンバー(228/1324-1325)
③最北西端からの位置(南 011、東008)
④権利者名(土地の所有者)
⑤日付
ちなみに、日付は購入日から前後半年以内で設定が可能なため、たとえば記念日用に事前に準備することもできます。
月の地図
自分の区画の位置がわかる、月の地図も同封されています。今回購入できたのは、中央から南西に少しずれた位置で、「HUMORUM」の記載がありました。こちらは湿りの海と呼ばれている場所で、地球から見ると黒く見えます。“海”といっても実際には水があるわけではなく、玄武岩で覆われており、アポロ17号の着陸地点候補にもなった土地だそう。
2024年12月現在、ルナエンバシー社では月の表側の土地のみを販売しているため、購入した土地は地球から見える範囲のものしかありません。夜空を見上げて、自分の月の土地を探せるのはうれしいですね。
月の憲法
もう一枚は、月の憲法について記載されています。すべて英語になっていますが、商品説明書に和訳があります。商品説明書には、そのほか商品内容や購入後の諸手続き方法、月の土地権利書の和訳も記載されています。
ムーンオーナーシップカード
オーナーシップカードは、クレジットカードのようなプラスチック製でしっかりと厚みがあり、シルバーの印字で高級感があります。表面には権利書と同じロットナンバーや権利者名が記載されており、裏面には月の地図、ルナエンバシー社の情報などが記載されています。
オリジナル ルナファイル
オリジナルのファイルに入れた状態がこちら。かなりしっかりとした作りになっているので、ディスプレイとして自立するほど丈夫です。大切な月の権利書をきれいにしまっておけるので、大切な記念日の贈り物でも安心です。
「月の土地」購入の気になるギモン
ロマン溢れる月の土地ですが、購入の際にはいくつか気になる点もあります。ここからは、ギモンとその回答を紹介します。
購入する土地を選ぶことはできる?
購入する際、月の真ん中や、歴史的な着陸地点の近くなど、購入する土地を選びたい人もいるかもしれません。しかし、残念ながらルナエンバシー社が販売する月の土地の権利は、アメリカの本社が割り当てを行っており、購入者が自由に選ぶことはできません。
たとえば、過去に購入した土地の隣の土地を追加する、などもできないため、20エーカー以上のより広大な月の土地の権利は所有できないようになっています。この点も、月の土地が悪用されるのを避けるためにデニス・ホープ氏が考えたルールなのかもしれません。
土地の維持管理費用はかかる?
ルナエンバシー社によると、購入後の月の土地に関して、維持管理費用は一切かからないそう。1エーカー2,700円で買い切りになるため、気軽に買いやすいといえるでしょう。
購入した月の土地は譲渡できる?
月の土地の権利書を購入することで、ルナエンバシー社が認める月の土地の所有者になることができます。デニス・ホープ氏が独自に制定した「月憲法」によれば、明らかな営利目的ではない限り、購入した月の土地の権利は、他人に譲渡したり、子どもに相続したりすることも可能なようです。ただし、ルナエンバシージャパン社によれば、譲渡や相続の際に必要な「名義変更(表記名の刷り直し)」については、別途手数料が必要になるそうです。
購入した月の土地は投資に使える?
ルナエンバシー社で販売されている「月の土地」は、地球上の土地のように投資の対象にできるわけではありません。その根拠といえるのが、ルナエンバシー社を設立した際に、月の所有権を持つと主張するデニス・ホープ氏が制定した「月憲法」3)です。
《月憲法 前文より抜粋》
われら輝ける月面の地主らは、所有権と個人的発展のためのわれらの利己的な必要に基づき、ここに、完全なる自治のための全体構想を制定する。
という全文から始まる全8条の月憲法は、月の土地の個人所有や平和利用についての方針をまとめたものです。その中には、こんな一文があります。
《月憲法 第4条より抜粋》
何人も、営利目的の取引を生じさせるという明確な目的を持って、所有する不動産を再分割してはならない。本条文に違反した場合、前述の不動産の所有権は、直ちに剥奪されるものとする。
要するに、購入した月の土地を営利目的で使用してはならないと考えられるわけです。
参考資料
アルテミス計画などの月探査に支障はないの?
ルナエンバシー社が販売する土地は区画を制限しており、たとえば、過去にアポロ計画で着陸した場所などは販売していません。また、今後の計画で着陸する予定のある土地も、販売の対象としていないため、月探査への支障はないでしょう。
将来もずっと月の土地を所有できる?
ルナエンバシージャパン社の権利書の有効期限に関する注意書きには、こんな記載があります4)。
一度ご登録頂いた方の権利は、米ルナエンバシー社が、将来にわたってその権利を主張していくことになります。
しかしながら、遠い将来、月や火星に現実的に人々が行くようになった時点で、米ルナエンバシー社の主張する権利に対して世界的なコンセンサスが得られるかどうかの保証もございません。
つまり、今後さらに宇宙開発が進み、宇宙条約や月協定を超える国際的かつ有効な取り決めができた場合には、そのルールに従うと明記されているわけです。そのため、地球上の土地を買うのと同じと考えるべきではないでしょう。
月の土地を買えば、もっと宇宙が身近になるかも
ルナエンバシー社が販売する月の土地は、法的に明らかな問題があるわけではありませんが、月憲法や同社のホームページに記載されているように、あくまでも「ロマン」を得ることが目的のものです。
「あくまでユーモアのある商品であることをご理解いただいたうえで、ルナエンバシー社が販売する月の土地の権利書は、これまでにハリウッドスターや著名な財界人、さらにはアメリカの元大統領まで、幅広い方々にご購入いただいております。ちなみに、ご購入いただいた方には、毎月の満月の日をメールでお知らせするサービスも実施しています。空に浮かんだ満月のどこかに、自分が所有する土地があると思えば、月や宇宙空間に対する意識も、変わるのではないでしょうか?」(ルナエンバシージャパン・大川さん)
月や宇宙の存在を、より身近に感じてみたい方は、ぜひ購入を検討してみてはいかがでしょうか。
※この記事の内容は、2024年12月26日時点の情報を基に制作しています