●話を聞いた人
株式会社アクセルスペース代表取締役CEO
中村友哉さん
東京大学 大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻 博士課程修了。在学中、超小型衛星XI-IV、XI-V、PRISMの開発に携わる。卒業後、同専攻での特任研究員(大学発ベンチャー創成事業)を経て、2008年にアクセルスペースを設立。
東京海上日動火災保険株式会社
吉井信雄
1989年日動火災海上保険株式会社(現・東京海上日動火災保険株式会社)入社。国際宇宙保険市場において宇宙保険アンダーライターとして20年以上にわたり世界のロケットや人工衛星に関わる宇宙保険の引受け業務に従事。国際市場での経験を生かし宇宙関連企業に対するリスクコンサルティングも行っている。
2023年3月に業務提携契約を結んだ、東京海上ホールディングスとアクセルスペース。人工衛星打上げに伴う宇宙保険への加入をスムーズにするしくみづくりや、衛星データを活用した防災・減災のサービス開発をはじめ、今では幅広い宇宙関連ビジネスのパートナーとして、ともに宇宙業界が抱える課題解決に取り組んでいます。
常識を変えたアクセルスペースの「小型人工衛星」
(SpaceMate編集部、以下略)──まずは小型人工衛星の革新性について教えていただけますか。
中村さん(アクセルスペース、以下「ア」)「一般的に人工衛星は大きいほど性能が高いとされます。しかし、その分コストが高く、民間企業、特にスタートアップや研究機関などが容易に打上げられないのがネックです。その点小型人工衛星は、従来の人工衛星と比較して、軽量でコンパクト、そして低コストです。ロケットの積載量には重さやスペースに制限があるため、これらは大きな違いです。それこそ、私が大学のときに最初に携わったキューブサットという超小型人工衛星は、10cm四方の手のひらサイズから始まりました」
吉井(東京海上日動、以下「東」)「低コストという点も重要ですよね。従来の大型の人工衛星と比較すると、桁が1つ少なくなるほど差があります。小型人工衛星の開発が進むことで、低コストでの宇宙開発が実現可能になってきていますよね」
中村さん(ア)「そうですね。技術革新によって小型でも性能の高い人工衛星が開発できるようになってきたため、小型人工衛星のニーズが急速に増えてきています」
吉井(東)「コストの点では、アクセルスペースさんは宇宙業界での常識を打ち破りましたね。これまで“人工衛星の部品は宇宙専用のものでないといけない”、“人工衛星は一品生産型(※)”というのが主流だった中で、一般販売されている部品を使って、打上げおよび画像の撮影に成功し、いまだに運用されている。加えて今後の量産体制構築を見据えた準備も進めていますよね」
※:顧客の要望に合わせてイチから設計・開発をする生産方式のこと。
中村さん(ア)「大学時代には、秋葉原の電気街で買った電子部品も衛星に搭載していましたからね。今はさすがに、秋葉原の部品は使用していないですけど(笑)。“宇宙専用”でなくても、宇宙できちんと動作する部品は多くあります。それらを採用して、宇宙で問題なく動くことをしっかり示せたのが大きな一歩だったと感じます」
吉井(東)「アクセルスペースさんの偉業は、宇宙専用の部品を使わなくても、きちんとした設計と品質管理をすれば人工衛星が運用できるということを証明して見せたことです。我々としては、アクセルスペースさんの前例があったからこそ、保険を引き受けられるものの幅が広がり、より宇宙開発に取り組むベンチャー企業にも協力できるようになりました」
中村さん(ア)「ありがとうございます。量産体制についても、従来のやり方を大きく変えて、しくみづくりを進めています」
吉井(東)「創業間もない頃は、オフィスも雑居ビルの一室でしたし、人工衛星を組み立てるクリーンルームも部屋をビニールシートで区切った空間でしたね。当時は学生さんを支援するようなイメージでお付き合いしていたのですが、この10年で本邦宇宙産業のフロントランナーになられて、業界も大きく変わりましたね」
宇宙からの目線で地上の暮らしを変える
──宇宙開発を加速させている小型人工衛星は、私たちの地上での暮らしにどのように関わっているのでしょうか。
中村さん(ア)「複数の人工衛星である機能を実現することを“コンステレーション”と言います。我々は地球観測用の小型衛星コンステレーションを構築しており、世界中を広範囲・高頻度で観測します。それにより、これまで見えなかったさまざまなファクト(事象)が見えるようになるのが大きいですね。普段なら人が行けないような場所、たとえばジャングルや紛争地域、そして災害現場など、その場で何が起きているのかを確認し、収集したデータをいろいろな用途に使えるようになります。我々の『AxelGlobe(アクセルグローブ)』は、衛星データを必要としている企業・団体にタイムリーに衛星データを提供するサービスです」
吉井(東)「AxelGlobeの衛星データを活用した新たなサービスの開発について、東京海上日動も連携させてもらっていますね。とくに防災・減災の観点と、災害が起きてからの保険金の迅速なお支払い等、地上の暮らしと密接に関係する部分についてポテンシャルが大きいと感じています
中村さん(ア)「他にも、農業の分野で衛星データは活用されていますね。広大な農地では、作物の生育状況などを確認する際に、地上からだとかなりの時間がかかってしまいます。そこで空からの視点が必要になるのですが、飛行機を飛ばすよりも衛星データを使ったほうがコストがかからないんです」
吉井(東)「あと、少し異なる文脈ですが、企業は自社が排出するCO2と同量のCO2を吸収する『カーボン・オフセット』を実現するために、森林を保持する『森林由来クレジット』の組成を進めていますが、これが有名無実化しているケースがあるんです。企業が、森林を購入したといいつつ原野であったり、もともと森林だったところが枯れてしまったと主張したりする、いわゆる『グリーンウォッシュ』が問題視されています。それを衛星で監視しようという動きもあります」
中村さん(ア)「人工衛星は、地球の周りを物理法則に従って回っていて、ある瞬間にどの場所の上空にいた、ということは一意に特定できるんです。衛星は地上からレーダーで追尾されており、軌道も公開されているんですね。この特徴を上手く使えば、衛星画像が『本物であること』をきちんと証明できるんです。昨今、生成AIなどでフェイク画像が簡単に作れることが問題になっている中、エビデンスとして活用できる衛星画像の価値が改めて評価されてきていると言えますね」
宇宙開発の課題を加速度的に進める小型人工衛星の役割
──小型人工衛星の打上げが増えることで、これまで取れなかったデータが増え、活用方法も増えていきそうですね。衛星データを利用したい企業も多くなりそうです。
中村さん(ア)「世界的に宇宙への関心が高まり、大手企業だけでなく、自身のアイデアを実現したいベンチャー企業も増えています。彼らは迅速に人工衛星を軌道上に打上げてビジネス化したいと考えています。ただ、そうした企業が、自分たちがやりたいミッション部分だけでなく、衛星バス(※)部分を含め一から開発製造するのはとても非効率です。また、技術面をクリアできても、周波数の調整や政府の許認可、保険手配など、解決しなければならないことも無数にあります」
※:人工衛星の基幹となる部分のこと。
吉井(東)「そういった困難を抱えたベンチャー企業は多いですよね」
中村さん(ア)「そのとおりです。なので、我々の『AxelLiner(アクセルライナー)』というサービスを利用してほしいと思っています。人工衛星を打上げたい企業に対して、用途に応じた小型人工衛星の開発から打上げ、運用までをワンストップで提供するサービスです。まだ量産体制を整えているところですが、今後打上げ本数を増やしていく予定で、海外や民間企業からのニーズにも応えられるようにしていこうと思っています」
吉井(東)「『AxelLiner』の打上げには宇宙保険が必須なので、我々も協力させてもらっています。通常、宇宙保険は毎回オーダーメイドで設定するのですが、それをよりスムーズに加入できるようなしくみをつくるため、検討を進めているところですね」
中村さん(ア)「はい。それと重要なのは人工衛星に搭載するコンポーネント(カメラや望遠鏡などの機器)の検証ですね。『AxelLiner』事業の新サービスに『AxelLiner Laboratory(略称 AL Lab,エーエルラボ)』というものがありますが、これはコンポーネントを軌道実証用の小型人工衛星に載せ、宇宙空間で実際に使えるか否かを検証するものです。商用衛星の主要部品には、これまでに宇宙空間で運用実績のない新規コンポーネントが採用されることは稀です。したがって、新規コンポーネントを開発したメーカーは、大学が開発する衛星に無償で部品を提供するなどの工夫をして、何とか宇宙空間での実績を作る必要がありました。『AL Lab』は、最小限のコストで宇宙空間での運用実績を作ってもらい、それをアクセルスペースが衛星メーカーとして証明するサービスです」
吉井(東)「国際宇宙保険市場でも、実績のないコンポーネントが主要部位に採用されていると料率が高くなったり、引受を断る保険会社が出てきます。逆に、どのような過程で作られたものでも、宇宙空間に一度でも行って問題なく作動したコンポーネントならば、それだけで信頼性が高いというのが実情です」
中村さん(ア)「人工衛星を量産するには、さまざまなコンポーネントの製造企業の協力が必要です。ただし、そのために必要なコンポーネントの実証をする機会がこれまではすごく少なかったんですよね。そこで、そのジレンマを解決するために『AL Lab』を始めました」
吉井(東)「世界的に見てもこういったサービスを提供する企業はなく、これまでは数少ない政府の実証実験の機会に頼らざるを得ませんでした。そういった面でも、宇宙開発に取り組む企業を大きく応援できるサービスだと思います」
中村さん(ア)「ありがとうございます。小型人工衛星の打ち上げが増えて、今後10年で打ち上げ機基数は4倍に増加するとも言われています。我々のサービスもそれを後押ししたいと思います」
宇宙開発の進化は「スペースサステナビリティ」とともに
──一方で、打ち上げ数が増える分だけ、「運用終了後の人工衛星のあり方への配慮が必要」という声もあります。こういった問題には、どのようにケアされるのでしょうか?
中村さん(ア)「『宇宙開発とサステナビリティ』というテーマを掲げると、すぐにデブリ(宇宙ゴミ)が注目されるのですが、運用終了後の廃棄衛星をどうするかということに加えて議論すべきは、そもそも人工衛星の製造段階・運用段階での配慮です。我々は、それにまつわる独自の基準『Green Spacecraft Standard(グリーン スペースクラフト スタンダード)』を制定しています(編集部注:2023年6月に「1.0」を発表)。製造から打ち上げ、運用終了に至るまで各フェーズにおいて守っていくべき基準を打出そうとしているんです」
吉井(東)「このジャンルではイギリスがリードしており、『ESSI(The Earth Space Sustainability Initiative)』という組織では、今、世界のおおよそ1,800のスペースサステナビリティの基準を検討中です。私も2024年からエグゼクティブコミュニティのメンバーに招聘され、イギリス政府がESSIと共同で進めているスペースサステナビリティの基準作りにおいて、日本の宇宙産業の意見を反映させるための橋渡し役を担っています。その際には中村さんにも意見をいただいたり、協力していただきました」
中村さん(ア)「そのほかにスペースサステナビリティで注目されているのは、人工衛星の運用中の衝突回避ですよね。キューブサット等の超小型人工衛星には、軌道を変更するスラスタというコンポーネントが搭載されていないものが結構あるんです。当社の人工衛星ではスラスタを標準搭載しており、ガスを噴出して軌道を変えることができます。スラスタを衛星に搭載するメインの目的は、ズレてきた軌道を修正することなのですが、他物体との衝突を回避するという目的にも使っています。現在は、こうした衝突回避運用を自動化すること、透明性向上のためにその回避運用計画を外部共有することに取り組んでいます」
吉井(東)「あとは最近配慮されているのは、人工衛星の明るさですね。“光害”ともいわれていて、明るい人工衛星がたくさんあると、天体観測に支障を来すんですね。それで天文学界隈からの意見も多く、この数年、小型人工衛星の“明るさ”に関しても配慮すべきとの声が挙がっています」
宇宙開発がもたらす「未来の地球の暮らし」
──最後に、小型人工衛星の発展の先にどのような未来が待ち受けているのか、ビジョンをお聞かせください。
中村さん(ア)「人工衛星が、我々の普段の暮らしにどんどん活用されるのは間違いないでしょうね。今、実感しているのは『インターネットと同じような歴史を辿っているな』ということ。まず軍事技術から始まり、政府が使うようになりB to Bで広がり、最終的に私たちの生活に深く関わってくる。将来的にはインターネットと連携することで、私たちが日々使うスマホのようなデバイスに人工衛星からの情報によるインサイト(発見・洞察)が表示されるんじゃないかと思っています。たとえば『あと3分でゲリラ豪雨が来ます』とか、ディズニーランドにいるときに、『意外にあのアトラクションが空いてるよ』とか、地上のデータと組み合わさって価値を生むようになっていく。私たちにとって普通の情報源になっていくんじゃないでしょうか」
吉井(東)「私もそう思います。たとえば旅行先から家の周りを見ることができたり、スマホ経由で(人工衛星からの)画像を記録できたり。今、各国の企業はグローバルに展開していますよね。それを踏まえて、災害時に自社の工事現場や工場などを確認できたり、スマホをタップすればすぐに小型人工衛星が指定の場所を撮影してくれたりするような社会になる。地球上のどこにいても、地球上のどの場所も見られる、そんな社会の入口に私たちはいるのかもしれません」
アクセルスペース