※アイキャッチ画像提供:大林組
そもそも宇宙エレベーターとは?
宇宙について調べていると、一度は耳にする「宇宙エレベーター」。日本では軌道エレベーターと呼ばれることもありましたが、近年では宇宙エレベーターという表記が一般的になっています。そもそもどのようなものなのでしょうか。はじめに、宇宙エレベーターの概要について解説します。
「未来の交通輸送システム」ともいわれる宇宙エレベーター
冒頭でも解説したとおり宇宙エレベーターとは、地上と宇宙をつなぐエレベーターの一種です。詳しいしくみは後述しますが、一般的なエレベーター(※)とは異なり、人工衛星や宇宙ステーションなどと地上とを特殊なケーブルでつなぎ、その上を自走式の昇降機が宇宙と地上間を移動するしくみが、宇宙エレベーターの基本的な構造です。
現在、人や物を宇宙へ運ぶ唯一の手段となっているロケットにかわる輸送方法として期待されていることから、宇宙エレベーターは「未来の交通輸送システム」ともいわれています。
※:ビルなどに設置されているエレベーターは、昇降機に接続したケーブルを滑車を介して動かすのが一般的
なぜ宇宙エレベーターが必要なの? メリットを解説
宇宙エレベーターが未来の交通輸送システムとして期待されているのは、現在のロケットにはないメリットをたくさん持っているからです。以下に、宇宙エレベーターの主なメリットをまとめてみました。
①ロケットのような事故のリスクが低い
ロケットが宇宙へ向かうためには、燃料となる液体水素やケロシン(石油系燃料)、液体酸素といった「推進剤」が必要になります。これらの推進剤は爆発力がとても高いため、現在のロケットは破損や墜落のリスクを常に抱えているといっても過言ではありません。また推進剤には毒性のある成分が含まれているため、爆発した際には有害物質を地上にまき散らしてしまうおそれがあります。
対して、宇宙エレベーターは電気で動かせるので、昇降機を上昇・下降させる際に推進剤を必要としません。そのためロケットのように爆発による破損のリスクがほとんどなく、有害物質をまき散らす心配もありません。また、宇宙エレベーターは有線ケーブルをつたって昇降するため、途中で静止したり、トラブルがあれば引き返したりする(下降する)という制御が実現でき、ロケットに比べて大幅にリスクを低減することが可能となります。
②ロケットよりも効率的に物資を輸送できる
ロケットが宇宙へ向かう際に必要な推進剤の量は、ロケットの重さと比例して増加します。つまり、ロケットに物資を積んだ場合には、その分だけ推進剤の量も増やさなければなりません。しかし、ロケットに搭載する推進剤の量を増やせば、それだけ物資を積めるスペースが減ってしまうというジレンマを抱えています。そのため物資を輸送する手段として、ロケットは効率が悪いと考えることができます。
対して、宇宙エレベーターの昇降機は推進剤を必要としないため、同じ容量であればロケットに比べ多くの物資を運ぶことが可能です。つまり宇宙エレベーターは、ロケットよりも効率的な輸送手段と考えることができるのです。
③繰り返し利用することができる
現在のロケットは、基本的に「使い捨て」となっています。再利用できるタイプのロケットの研究開発も進んでいますが、再打上げにかかる費用の問題などから、実現までにはまだまだ時間がかかりそうです。
対して宇宙エレベーターが実現すれば、従来のエレベーターと同様に、何度でも物資を輸送することができます。つまり輸送の回数が増えれば増えるほど、運用のコストパフォーマンスが高くなるというわけです。
このように宇宙エレベーターは、ロケットに比べて危険性も低いほか、輸送の効率も高い交通輸送システムなのです。
宇宙エレベーターの構想は100年以上前に誕生
宇宙エレベーターの構想が最初に発表されたのは、1895年のことです。のちに「宇宙工学の父」と呼ばれる、ロシアの科学者コンスタンチン・ツィオルコフスキー氏が、宇宙エレベーターの原点となるアイデアを提示しました。ちなみにツィオルコフスキー氏は、現在の多段式ロケットや宇宙ステーションにつながるアイデアを提示した人物でもあります。
当時、ツィオルコフスキー氏が提示した宇宙エレベーターの構想は、地上から宇宙へ向かい高いタワーを建設して宇宙に到達させるというものでした。その後1960年に、旧ソ連の科学者ユーリ・アルツターノフ氏が、宇宙(静止軌道上)から地上へ向けて“吊り下げ構造のタワー”を建設するという逆転のアイデアを提示。これを機に、宇宙エレベーターの研究開発に興味を持つ科学者が世界中に増えていきます。
ちなみに「宇宙エレベーター」というキーワードを一般に広めたのは、映画『2001年宇宙の旅』の原作者でもあるアーサー・C・クラーク氏が1979年に発表したSF小説『楽園の泉』でした。
宇宙エレベーターの夢をかなえる日本発の“新技術”
静止軌道上から地上へ向けて “タワー”を建設するというアルツターノフ氏のアイデアにより、機運が高まった宇宙エレベーターの研究開発。しかし、宇宙と地上をつなぐことができる強固な素材がないなど、技術的な課題が多いため、実際に宇宙エレベーターを建設することは不可能に近いと考えられていました。
いわば「夢物語」のひとつに過ぎなかった宇宙エレベーター実現の可能性を飛躍的に高めたのが、炭素原子が網目のように結びついて筒状になった物質「カーボンナノチューブ」です。日本の化学者である飯島澄男さんが1991年に発見したカーボンナノチューブは、アルミニウムの半分程度という軽さながら、鋼の約20倍という強度を持っていました。そのため宇宙エレベーターの実現に欠かせない宇宙と地上をつなぐことができる強固で軽量な素材として、世界中から熱い注目を集めることになったのです。
その後、カーボンナノチューブの性能も向上し、2007年には「日本宇宙エレベーター協会」が発足。日本で発見されたカーボンナノチューブを使った宇宙エレベーターの実現へ向けた動きは、現在ますます加速しています。
意外とシンプル!? 宇宙エレベーターのしくみ
名前のとおり宇宙エレベーターとは、宇宙と地上とをつなぐエレベーターの一種です。とはいえ、普通のエレベーターのように、単純に2点をつなげるだけで完成するわけではありません。基本的なしくみを解説する例として、赤道上の高度約3万6,000kmを周ることで周期が地球の自転と同じになる(地上からは一点に静止しているように見える)「静止軌道」と地上とをつなぐ場合で考えてみましょう。
静止軌道を周回する人工衛星、通称“静止衛星”が、地上に落下せず同じ高さを維持しながら地球を周回しているのは、地球の重力で下(内側)へ引っ張られる力と、遠心力で上(外側)に飛び出そうとする力とが均衡しているからです。
では、静止衛星から地上に向けてケーブルを伸ばすとどうなるでしょうか? 答えは簡単で、吊るしたケーブルの重さによって均衡が崩れ、静止衛星は次第に落下してしまいます。つまり落下を防ぐためには、遠心力で上(外側)に飛び出そうとする力を増やす必要があるわけです。
遠心力で上(外側)に飛び出そうとする力を増やす、もっとも単純な解決策は、地上に向けて伸ばした分と同じ長さ(質量)のケーブルを、静止衛星の反対側にも伸ばすことです。そうすれば均衡は保たれるので、静止衛星は同じ高さを維持することができます。
地上へ向けてケーブルを伸ばすと同時に、反対側にもケーブルを伸ばす。この作業を繰り返すことで、いつしか下に伸ばしたケーブルは地上に到達します。このケーブルに昇降機を取り付ければ、地上と静止衛星の間で人や物を行き来させる宇宙エレベーターが完成する、というわけです。
参考資料
大林組の宇宙エレベーター建設構想
ここで現在、研究開発が進む宇宙エレベーターの例として、大林組が発表している構想2)を簡単に紹介しましょう。
大林組が構想する宇宙エレベーターの全長は、地上の「アース・ポート」と、高度約3万6,000kmの「静止軌道ステーション」、そして終端となるカウンターウェイト(均衡を保つためのおもり)の3点をつなぐ9万6,000kmです。
“宇宙港”として機能するアース・ポート
赤道上に建設されるアース・ポートは、宇宙への発着場となるほか、宇宙開発に関係する企業の研究所や工場などが集まった「街」として機能することが想定されています。
宇宙ホテルとしての活用も想定する静止軌道ステーション
宇宙エレベーターのメイン施設となるのが、高度約3万6,000kmに建設される「静止軌道ステーション」です。大林組が構想する静止軌道ステーションは、縦長のユニットを組みあわせた構造で、故障した際の交換や拡張が容易になっています。
ステーションは、大規模な宇宙太陽光発電や宇宙環境を活かした研究開発などを行うほか、地球からの観光地として利用される宇宙ホテルの機能も想定されています。また、静止軌道ステーションから直接、静止軌道上に人工衛星を投入することも想定されています。地上から人工衛星を運ぶロケット打上げに対し、低コストで静止衛星の導入が可能になります。
【関連記事】宇宙ホテルはいつ実現するの?構想中の企業や施設概要を紹介
そのほかに建設が想定されている施設
大林組の宇宙エレベーターでは、アース・ポートや静止軌道ステーションのほかに、高度の特性を利用した複数の施設の建設も構想されています。たとえば、高度約3,900kmでは火星に近い重力となるため、ここに「火星重力センター」を建設することで、火星に近い環境での実験や研究が可能になります。また、おもに「おもり」としての役割を担う高度9万6,000kmのカウンターウェイトにあたる部分も、太陽系資源採掘の拠点として活用する構想になっています。
宇宙エレベーターの建設手順と工期は?
大林組が構想する宇宙エレベーターは、つぎのような手順で建設を進める想定となっています。
①工事に必要な材料を数回に分けてロケットで打上げ、低軌道(高度300km)上に建設用宇宙船を組み立てる。平行してアース・ポートの建設も行う。
②建設用宇宙船は、低軌道上で建設されたあと、地球を周回しながら上昇し静止軌道に到達。地球の自転と同じ回転速度で周回を始める(そのため、アース・ポートからは「止まって」見える)。
③静止軌道上の建設用宇宙船は、アース・ポートに向かいケーブルを繰り出し降下させながら上昇。ケーブルが地上に到達した時点で、建設用宇宙船の高度は9万6,000kmに達し、地上との均衡を保つためのカウンターウェイトになる。
④地上に到達したケーブルに工事用の昇降機(クライマー)を取り付ける。工事用の昇降機は、ケーブルを補強しながら上昇しカウンターウェイトまで向かう。約500回の補強を行うことでケーブルが完成。上昇した工事用の昇降機がおもりに加わることで、本番用の昇降機が使えるようになる。
⑤完成したケーブルに本番用の昇降機を取り付け、静止軌道まで資材を運搬し、静止軌道ステーションを建設。同様に他の施設も建設していく。
なお大林組の構想によれば、必要な素材や技術が開発済みという前提で、この手順で建設を進めた場合、約25年で静止軌道ステーションの運用が開始できるとのことです。
宇宙エレベーターの海外事情は?
先ほどは大林組の例を紹介しましたが、海外でも宇宙エレベーターの実現へ向けた動きは盛んになっています。
たとえばカナダの宇宙企業「Thoth Technology」は、2015年に宇宙エレベーターに関する特許をアメリカで取得しています3)。世界でもっとも高い超高層ビルであるドバイの「ブルジュ・ハリファ」(約830m)の20倍の高さに相当する約20kmのタワーを建設し、エレベーターによって物資や人間を輸送。タワーの屋上から打上げを行うことで、効率のいい宇宙開発や宇宙旅行を可能にすることを目指しているといいます。
しかしながら、本特許による宇宙エレベーターの建築方法(約20kmの高さのタワー建設方式)は、前記の大林組の静止軌道上からの建設方法とは全く異なります。
宇宙エレベーターの未来と真の可能性
前述のように、地球上での建築が期待されている宇宙エレベーターですが、既存の人工衛星との共存性や、安全・法律の観点などからも、まだまだ多くの課題があります。そのため、重力も小さく比較的リスクの少ない月面や火星、小惑星上などでの先行実証実験なども検討されており、月面からのサンプルリターン(※)の手段として、宇宙エレベーターが利用される可能性もあるかもしれません。
また、真の宇宙エレベーターの可能性は、宇宙エレベーターを使用した惑星間の物流網を構築することです。宇宙エレベーターは、地球や惑星から長い紐を振り回している、いわばハンマー投げのような状態です。理論上は、地球に建設した宇宙エレベーターの先端(高度9万6,000kmのカウンターウェイト部)からタイミングよく物資を放出するだけで、ロケットエンジンのような推進力を使わずに、地球から木星近辺まで輸送することが可能となります。
このように宇宙エレベーターには、多くの有用な可能性が想定されています。
※:地球以外の天体や惑星間空間から土砂や岩をサンプルとして採取し、地球に持ち帰る(リターン)こと
宇宙エレベーターで宇宙に行ける日はいつになる?
惑星間の物流網として期待される宇宙エレベーターですが、宇宙へ行く時の移動手段として利用できる可能性はあるのでしょうか。
大林組の構想によると、たとえば2025年から建設を開始すれば、2050年には運用開始ができるという宇宙エレベーター。しかし、その目標を達成するためには、いくつかの課題をクリアしなければなりません。
とくに大きいのは、宇宙エレベーターに欠かせないケーブルに必要な建材です。すでにカーボンナノチューブという素材が発見されてはいるものの、必要な長さのケーブルをつくることは、まだ難しい状況です。また、丈夫な昇降機をつくるための技術も確立していないなど、ハード面での課題は少なくありません。
そのほか、前途のように宇宙エレベーターの建設や運用に関する法整備や建設費の確保など、ハード面以外でもクリアすべき問題が残っています。
とはいえ、各国で研究開発が進んでいることからもわかるように、宇宙エレベーターはすでにSFの世界を越え、現実の存在になりつつあるのも事実です。
ロケットでの移動に比べ体への負担も少ないため、誰でも気軽に宇宙旅行へ行くための手段として、もっとも期待されている宇宙エレベーター。その動向に、注目しておきましょう。
※この記事の内容は2024年8月2日時点の情報をもとに制作しています