日本の月面着陸プロジェクトはどうなっている?
人類が初の月面着陸を成功させたのは、1969年のアポロ計画によるものでした。それから約半世紀以上を経た今、新たな月面着陸プロジェクトが世界中で進行しており、再び月への挑戦が活発化しています。日本も例外ではなく、月面着陸に向けたプロジェクトに取り組んでいます。ここでは、日本が携わっている月面着陸プロジェクトや、月面着陸に挑戦する目的を紹介します。
日本が携わっている月面着陸プロジェクト
近年、JAXAや日本の民間企業が携わっている主な月面着陸プロジェクトは下記の3つです。
【日本が携わっている月面着陸プロジェクト】
「小型月着陸実証機『SLIM』プロジェクト」は、日本で初めて月惑星探査機システムの月面着陸に成功したプロジェクトです。2023年に打上げられ、2024年8月に運用を終了しました。詳しくは後述しますが、月面へのピンポイント着陸に成功したことは、日本の技術の大きな進展につながり、その後の宇宙開発にも大きな影響を与えています。
また現在進行中のプロジェクトには、NASAが主導する「アルテミス計画」、JAXAとインド宇宙研究機関(ISRO)等が共同で行う「『月極域探査機(LUPEX)』プロジェクト」があります。
日本の月面着陸成功までの歴史
小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトの成功で注目を集めるようになった日本の月面着陸への挑戦は、じつは20年前から始まっていました。
2004年度の打上げを目指して計画された「月探査機『LUNAR-A』プロジェクト」は、日本初の月探査プロジェクトでした1)。予定では、月面に地震計(※1)と熱流量計(※2)を設置し、観測ネットワークを構築するはずでしたが、技術的な課題により2007年に中止されました。
その後、JAXAは2007年に「月周回衛星『かぐや』(SELENE)プロジェクト」を実施し、月周回軌道での観測を行いました。このプロジェクトは、アポロ計画以来最大規模の月探査として成功を収め、最終的には衛星を月面に制御落下(※3)させて運用を終えました2)。
そして2023年に小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトが実施され、2024年1月には日本初となる月面着陸を成功させたのです。
※1:地震計とは、月面での地震活動や内部構造を測定する装置のこと。
※2:熱流量計とは、月内部から放出される熱の流れを測定し、地質活動を分析するための装置のこと。
※3:制御落下とは、運用終了した人工衛星を制御した状態で月面に落下させ、安全にミッションを終える手法のこと。
日本が月面着陸に挑む理由
歴史を振り返っても、月面着陸は多くの試行錯誤を経た挑戦でした。それでもなぜ日本はこの挑戦を続け、プロジェクトに参加するのでしょうか。その背景には、つぎのような理由があります。
【日本が月面着陸に挑む理由】3)
- 外交と安全保障
- 産業競争力強化やイノベーション
- 科学技術の発展
- 人材育成
○外交と安全保障
国際的な宇宙開発への参加によって、他国との協力関係が深まり、宇宙での発言力や主導権を得ることが期待されます。平和的な目的での国際協力に参加することは、日本の国際的な存在感を高める意味もあります。
○産業競争力強化やイノベーション
宇宙開発は技術力を競う場であり、多くの企業が関わることができます。中小企業も参加しやすく、新しい技術の開発や製品の誕生につながります。また、将来の宇宙産業への投資を見据えた基盤づくりも進められます。
○科学技術の発展
宇宙開発そのものが科学的な価値を持ちます。また国際的な協力を通じて、一国では達成できない科学的に大きな成果を得ることも可能です。各国の技術や資金を結集することで、より高度なプロジェクトの実現が期待されます。
○人材育成
日本人宇宙飛行士やその支援を行う科学者・技術者の活躍は、国民の宇宙や科学分野への関心を高めます。彼らの経験や成果を伝えることが、次世代の宇宙分野に携わる人材を育てる重要な機会にもなります。
このように、日本の月面着陸は、「月に行く」だけでなく、国際協力、技術革新、科学的成果の追求、人材育成といった幅広い目的を持って進められています。
日本初の月面着陸を成功させた「SLIM」プロジェクト
2024年1月に日本で初めて月惑星探査機システムの月面着陸に成功した、JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクト。日本の宇宙技術の英知を結集したこのプロジェクトの成功は、世界から大きな注目を集めました。ここでは、計画の目的や成果を詳しく見ていきましょう。
小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトとは
小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトは、月や惑星探査に必要な着陸技術を研究し、月面で実証する計画でした。以下は、このプロジェクトの主な目的です。
〈表〉小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトの目的
目的 | 内容 |
---|---|
月の狙った場所へのピンポイント着陸 | 小型の月惑星探査機システムで、狙った場所に着陸する技術を実証する |
着陸に必要な装置の軽量化 | 従来より軽量な月惑星探査機システムを実現し、月や惑星の探査を高頻度化する |
月の起源を探る | 月面のカンラン石を含んだ岩を調査し、月の成り立ちと進化を解明する |
これらを達成するために研究・開発された月惑星探査機システムが小型月着陸実証機「SLIM」(以下、SLIM)です。SLIMは、JAXAが全国の大学の研究者たちと協力して開発しました4)5)6)。
「SLIM」という名称は、“Smart Lander for Investigating Moon”の略であり、軽量かつ高機能な設計が特徴です。
SLIMは、2023年9月7日に打上げられ、2024年1月20日に日本の月惑星探査機システムとして初の月面着陸を成功させました。その後、月での運用を経て、同年8月23日に運用を終了しました。
小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトの成果
小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトの成果は、高精度な着陸技術の実証と、月惑星探査機システムの小型・軽量化の実現にあります4)5)。
月惑星探査機システムの月面への軟着陸(※)は、日本よりも前にアメリカ、ロシア(旧ソビエト連邦)、中国、インドが成功していましたが7)、これまでのプロジェクトでは目標地点から数km離れた場所に着地することしかできませんでした。
そこで小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトでは、目標地点から100m以内に着陸することを目標とし、結果的に目標地点から東に55mの場所に着陸することに成功8)。この成果により、日本の月惑星探査機システムが月面着陸の歴史に新たな転機をもたらしました。
また、このプロジェクトは、月惑星探査機システムの小型・軽量化という点でも画期的な成果を示しました。
SLIMのサイズは、高さ・幅・厚みがいずれも3m以内、重量(着陸時)210kgです。これは、2023年8月に月面着陸したインドのチャンドラヤーン3号の着陸船が1,752kg 9)だったことを考えると、非常にコンパクトな設計です。
【SLIMのスペック】5)
高さ | 2.4m |
---|---|
幅 | 2.7m |
厚み | 1.7m |
重量(着陸時) | 210kg |
重量(推薬なし) | 190kg |
着陸精度 | 100m以内 |
SLIMのような小型で軽量な月惑星探査機システムの開発により、輸送コストの削減や複数の月惑星探査機システムを同時に運用する可能性が広がります。この技術は、今後の月探査や惑星探査の頻度を高め、より効率的な探査計画に貢献することが期待されています。
※:軟着陸とは、宇宙船や探査機が目的地である惑星の表面にゆっくりと降下し、無傷で安全に着地する技術のこと。これにより、観測機器の損傷を避け、探査活動を円滑に進めることが可能になる。
「SLIM」の実績が切り開く未来とは?
小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトは月面着陸以外にも、多くの成果を残しました。
そのひとつが、月の起源を探る上で重要な「カンラン石」の存在を確認できたことです10)11)。カンラン石とは、月や地球のマントル(※)に多く含まれる鉱物のことで、月の成り立ちや進化を解明する手がかりとして期待されています。
さらに、SLIMは設計段階では想定していなかった、約-170℃の月の夜を3度にわたって超え、通信を維持することにも成功しました12)。この成果は、月の昼夜サイクルが月惑星探査機システムに与える影響を調査する貴重なサンプルとなり、今後の月探査技術の向上に活かされる予定です。
※:マントルとは、地球の表面を覆う固い外側の層の下に広がる厚い層のこと。おもに高温の岩石で構成されている。
変形型月面ロボット「SORA-Q」で月面を撮影
多くの成果を残した小型月着陸実証機「SLIM」プロジェクトですが、一方でユニークなミッションも行っていました。それが、SLIMとともに月面着陸を実現した、変形型月面ロボット「SORA-Q(ソラキュー)」による月面の撮影です13)。SORA-Qは、JAXA、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学が共同で開発した、直径約80mm、質量約228gの世界最小・最軽量の月探査ロボットです。
SORA-Qは、SLIMの着陸時に球体の状態で月面に放出され、着地後に走行可能な月面ロボットに変形します。そして搭載したカメラでSLIMや月面の様子を撮影し、別の探査機を経由して写真を地球へ送信しました。このミッションは成功を収め、SORA-Qはその役目を終えたあとも月に残されています。
参考資料
日本人宇宙飛行士の月面着陸を目指す「アルテミス計画」
アルテミス計画は、アポロ計画以来となる人類による月探査を目的としたプロジェクトです。日本も参加国のひとつとして、さまざまな技術開発に貢献しています。ここでは、アルテミス計画の概要や日本の役割を解説します。
NASAが主導する「アルテミス計画」とは
アルテミス計画は、NASAが主導する国際的な月探査プロジェクトで、世界43カ国と多くの民間企業が参加しています(2024年6月時点)3)14)15)。宇宙飛行士が月面に滞在し、持続的な探査を行うことを目指しており、そのために「ゲートウェイ」と呼ばれる宇宙ステーションの建設も予定されています。
アルテミス計画の目的は、人類を月に送ることですが、将来的には火星探査の足がかりとなることを見込んでいます。
【関連記事】アルテミス計画とは?目的やスケジュール、日本の役割などを解説
月面着陸を支える日本の技術とアルテミス計画への貢献
日本は2020年からアルテミス計画に参加し、JAXAが民間企業と協力してさまざまな技術開発を進めています。たとえば、ゲートウェイの建設では、JAXAと三菱重工は共同で、居住施設用の環境制御・生命維持システム「ECLSS」を開発しています16)。このシステムにより、空気の供給や、二酸化炭素や有害ガスの排出が可能となり、宇宙飛行士の長期滞在を実現します。
さらに、JAXAとトヨタ自動車は、有人与圧ローバーを研究開発中です17)。有人与圧ローバーは、宇宙飛行士が月面で移動するためのモビリティで、月探査において重要な役割を果たします。この他にも、さまざまな分野の民間企業が参加しており、月面着陸に向けて研究・開発を進めています。
日本人宇宙飛行士が月面着陸に挑む!
アルテミス計画では、日本人宇宙飛行士の参加が決定しています18)。2024年4月の日米首脳会談では、日本人宇宙飛行士2名が月面着陸ミッションに参加することが合意されました。
具体的なことは未定ですが、近い将来、日本人宇宙飛行士の初の月面着陸という歴史的な瞬間を見ることができるかもしれません。なお、2024年10月時点では、米田あゆさんと諏訪 理(まこと)さんが有力候補として報じられています19)。
日本とインド等が共同で挑む「月極域探査機(LUPEX)」プロジェクト
月極域探査機(LUPEX)プロジェクトは、JAXAとインド宇宙研究機関(ISRO)等が共同で進める月の南極地域の探査プロジェクトです20)。概要や目的などを見ていきましょう。
参考資料
月極域探査機(LUPEX)プロジェクトとは
2025年以降に実施を予定している月極域探査機(LUPEX)プロジェクト。プロジェクトパートナーであるインドは、宇宙開発に積極的に取り組む国のひとつであり、2023年8月には世界で初めて月の南極地域への着陸に成功しています21)。
このプロジェクトでは、JAXAが打上げロケットと月面を走る月極域探査機 LUPEX(Lunar Polar Exploration)ローバーを、ISROがローバーを運ぶ着陸機の開発を担当しています20)。
月極域探査機(LUPEX)プロジェクトの目的は、月の南極地域にある水の存在を確認し、その量や質、分布を明らかにすることです20)。これまでの月探査で、月の極域には、彗星や小惑星、太陽風によってもたらされた氷の状態の水や水素が存在する可能性が示唆されています22)。このプロジェクトでは無人探査機を使ってこれらを調査し、本当に水があるかどうかを確認します。
水が発見されれば、それを電気分解して得られる液体水素や液体酸素を、燃料に転用することが可能となります。またローバーから得られる走行データや着陸地点の情報は、アルテミス計画での月面着陸や探査活動に役立つことが期待されています。
日本の月面着陸が宇宙開発を前進させる
日本がSLIMの開発で培った技術は、他の宇宙プロジェクトへの応用が期待されています。JAXAや日本の民間企業が開発した技術は、今や世界の宇宙開発を支えるものとなり、国際的な協力を促進する重要な役割を果たしているのです。
今後、アルテミス計画や月極域探査機(LUPEX)プロジェクトが進展すれば、日本の宇宙開発に対する世界からの関心はますます高まることでしょう。
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※この記事の内容は2024年11月27日時点の情報をもとに制作しています