NASAの宇宙服は40年以上も同じものが使われ続けていることをご存じですか? その理由は「新しい宇宙服が作れないから」といわれています。なぜ、宇宙服の開発は難航しているのでしょうか。宇宙服の構造などに触れながら、わかりやすく解説します。

新しい宇宙服が作れないといわれる理由

画像: 画像:iStock.com/1971yes

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「宇宙開発の最先端であるNASAが、宇宙服を作れないって本当?」と疑問に思う人も多いかもしれません。じつは、NASAの宇宙服は、40年以上前に作られたものが使われ続けています。

まずは、新しい宇宙服の開発が進んでいなかった理由を見ていきましょう。

作れないといわれている宇宙服はNASAの「船外活動ユニット(EMU)」

画像: 船外活動ユニット(EMU)で船外活動をしている様子 画像提供:NASA Image and Video Library

船外活動ユニット(EMU)で船外活動をしている様子
画像提供:NASA Image and Video Library

そもそも「宇宙服」と呼ばれるものには2種類あります。ISS(国際宇宙ステーション)への行き帰りに乗る宇宙船内で着用する「船内与圧服(せんないよあつふく)」と、宇宙空間で活動するときに着る「船外活動服」です1)

このうち、新しく作ることが難しいといわれているのは、船外活動服です。NASAの船外活動服は「船外活動ユニット(EMU)」といいます。そこで、ここからはNASAのEMUについて説明します。

EMUの開発が難航する理由

画像: 画像:iStock.com/Aleksandr Zyablitskiy

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新しいEMUの開発が進まない主な理由としてあげられるのは、複雑な素材構造と高度な縫製技術の必要性です。EMUは冷却層や気密維持層、耐熱保護層など、それぞれ異なる役割を持つ素材を重ね合わせて作られています。これらの素材は、高度な技術を持つ職人による手縫い作業が必要になるなど、精密で時間のかかる工程が避けられません2)。このように新しい縫製技術の向上が求められており、それが開発の難航を招く要因と考えられます。

EMUの老朽化が問題になっている

現在、NASAが使用しているEMUは約40年前に製作されたものです。EMUの設計寿命(※)は15年程度なので、それを大幅に超えて使用されていることになります。そのため老朽化が深刻化しており、現在18着のうち7着は事故や破損で使用不能となり、残る11着を修理しながら運用している状況だといいます3)

老朽化がもたらすリスクは無視できず、過去には船外活動中にヘルメット内に水が溜まり、窒息の危険が生じた事例も報告されています。このようなトラブルは宇宙飛行士の安全やミッション遂行に影響を及ぼす重大な課題です。

こうした背景を受け、NASAは新たなEMUの開発に注力しています。とくに「アルテミス計画」を支える次世代EMUの製作を目指し、民間企業と協力して開発スピードを加速させている状況です。

※:設計寿命とは、機械設備が設計された時点で予定された使用期間のこと。

宇宙服(船外活動ユニット(EMU))は「小さな宇宙船」

画像: 画像:iStock.com/NiseriN

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ここで、NASAが使用しているEMUの概要について、あらためてご紹介しましょう。

EMUは、宇宙飛行士の安全と生命を守るために設計された装備です。過酷な宇宙環境での活動を支えるため、多岐にわたる性能を備えています。地球とはまったく異なる宇宙空間で人間が活動するために求められる、EMUの主な役割は以下のとおりです。

〈表〉船外活動ユニット(EMU)の役割4)5)6)

気密性と大気圧の維持真空状態の宇宙空間で、宇宙飛行士の体を保護し、生存可能な環境を維持する。
動作の確保素材や設計の工夫により、宇宙空間でも体を動かしやすく、効率的に作業ができるようにする。
温度管理宇宙の極端な温度差(-150℃~120℃)から体を守り、快適な内部温度を保つ。
衝突防御スペースデブリ(宇宙ごみ)や微小隕石の衝突から体を守る。
電磁波防護宇宙線や有害な電磁波から体を保護し、健康リスクを軽減する。
生命維持機能酸素を供給し、呼気から出る二酸化炭素を除去することで、宇宙飛行士が安全に呼吸できる環境を提供する。

このように、EMUは宇宙空間で宇宙飛行士の命を守り、活動を支える「小さな宇宙船」として設計されているのです

宇宙服(船外活動ユニット(EMU))の構造

宇宙飛行士を守るための機能がすべて備わっているEMU。ここでは、そんな「小さな宇宙船」とも呼ばれるEMUの構造を詳しく見ていきましょう。

1着で14層も! EMUの素材がすごい

画像: 1着で14層も! EMUの素材がすごい

EMUは、14層もの素材が重なり合って構成されています。それぞれの層が重要な役割を担い、宇宙飛行士を守るための機能を果たしているのです。

〈表〉船外活動ユニット(EMU)の素材7)

階層構成層素材
1層冷却下着ナイロン
2層冷却下着表層ナイロン/スパンデックス
3層冷却下着冷却水チューブ
4層気密維持層ポリウレタンコートナイロン
5層気密維持層を拘束する層ダクロン®
6層耐熱・微小隕石保護層ネオプレーンでコートされたナイロン
7~13層耐熱・微小隕石保護層アルミ蒸着マイラー®
14層耐熱・微小隕石保護カバー最外層:ゴアテックス®/ノーメックス®
裏地:ケブラー®

たとえば、1~3層は冷却下着の層で、宇宙飛行士の体温を調整するための役割があります。続く4~5層は、気密性を保ちながら宇宙空間の過酷な条件にも耐えるための気密維持層。そして6~14層は、微小隕石や高温などの外的要因から宇宙飛行士を守るための保護層として機能しています6)

EMUは2つの主要パーツでできている

EMUは、大きく分けて2つの主要なパーツから構成されています。そのデザインは、まるでランドセルを背負っているように見えるのが特徴です。それぞれのパーツについて、詳しく見ていきましょう。

画像: EMUは2つの主要パーツでできている

●宇宙服アセンブリ(Space Suit Assembly: SSA)7)8)9)
宇宙飛行士の体全体を包み込む「宇宙服アセンブリ」は、胴体から手足、頭部までを保護する重要な装備です。後述するグローブやヘルメット、冷却下着なども宇宙服アセンブリに含まれています。宇宙服アセンブリは上部胴体、腕部分、下部胴体に分かれており、これらをリング状の部品で結合して着用するしくみです。内部は0.3気圧に保たれており、宇宙の真空状態(0気圧)から宇宙飛行士を守ります。この気圧が維持されることで、宇宙の過酷な環境でも安全な作業が可能となります。

〈表〉EMUの仕様7)

内部気圧0.3気圧(純酸素)に保たれている
最大連続運用時間8時間
重量約120kg
寿命適切な保守を行うことで30年
サイズM、L、XL。手足の長さを調整することで各人のサイズに対応可能

●生命維持装置(Life Support System: LSS)5)
酸素の供給や二酸化炭素の除去を行う、いわば「命の装置」。これがなければ宇宙空間で呼吸ができません。また、動きで生じる熱を排出する機能も備えていて、快適さをサポートしています。

ヘルメットやグローブにも驚きの工夫!

ここで、EMUの各部位にも注目してみましょう。

●ヘルメット9)
視界を守るためのバイザーや、暗所作業用のライト、EMU TVカメラが付いています。素材は、耐圧性の透明なプラスチック(ポリカーボネート)などが使われています。

●EMU TVカメラ9)
ヘルメットに付いているEMU TVカメラは、宇宙飛行士が見ているのと同じ映像を、船内のクルーや地上の専門家にリアルタイムに送信することができます。送られてきた映像は、トラブル時の状況把握や作業指示の効率化に活用されています。

●グローブ9)
シリコンゴム製で、耐久性と操作性を兼ね備えています。宇宙空間でも細かい作業ができるよう工夫されています。

●冷却下着5)
長さ84mの冷却水チューブが縫い込まれている下着。チューブに水を流すことで、宇宙飛行士の体温調節を行います。

ちなみに、EMUにはトイレ機能はありません。そのため、宇宙飛行士は使い捨てのオムツを着用しています。「宇宙ではトイレも自由じゃない!」と聞くと、大変さが伝わってきますよね。

宇宙服(船外活動ユニット(EMU))の進化の歴史

ここでは、EMUが完成するまでの歴史を振り返ってみましょう。

主な宇宙プロジェクトの船内与圧服とEMU

画像: 主な宇宙プロジェクトの船内与圧服とEMU

EMUが誕生する以前の宇宙服は、宇宙船内で着用する船内与圧服しかありませんでした。その後、船外活動に適したEMUの製作が始まり、NASAの各プロジェクトに合わせて改良されていきます1)。以下に、主要な進化の流れをまとめてみました。

●マーキュリー計画(1958~1963年)
初の有人宇宙飛行用として、非常時に備える船内与圧服が開発されました。ただし、宇宙船内での使用に限られ、船外活動は想定されていませんでした。

●ジェミニ計画(1961~1966年)
船外活動が初めて実施され、マーキュリー計画の船内与圧服を改良した初期のEMUが登場します。この段階のEMUは、宇宙船から酸素の供給を行う方式を採用していました。

●アポロ計画(1961~1972年)
月面での活動を想定したEMUの原型が開発されました。酸素の供給などを担う生命維持装置が取り付けられたほか、月面の厳しい環境に耐えうる素材が採用されました。

【関連記事】月面着陸は嘘?本当? アポロ計画の真実と功績

●スペースシャトル計画(1981~2011年)
従来の断熱性能や可動性が向上し、作業効率が改善されたEMUが完成します。このEMUが、現在も使用されています

●ISS時代(2011年以降)
スペースシャトル計画以降、EMUの増産は進まず、現在に至るまでNASAのEMUと、1970年頃に製造されたロシアの船外活動服(オーラン宇宙服)が使われています。

民間企業が協力!次世代の宇宙服

画像: 画像:iStock.com/FlashMovie

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ここまでにご紹介したとおり、スペースシャトル計画以降は開発が停滞していたEMUですが、民間企業が続々と宇宙産業に参入するようになったことで、新たなEMUの開発スピードが加速しています。

ここでは、民間企業の取り組みと、その重要な役割について紹介します。

NASAはプラダとアクシオム・スペースと共同開発

2024年、ファッションブランドのプラダと民間企業のアクシオム・スペース社が共同開発した新しいEMUが発表されました10)。新しいEMUは、NASAの「アルテミス計画」に採用される予定で、月面探査ミッションに使用されます。

新しいEMUの特徴は、機動性の向上と急激な温度差からの保護性能を兼ね備えていること。さらに、プラダの高い布地生産技術と縫製技術が活かされ、機能性とデザイン性の両立を実現しました。

長年、NASAが新しいEMUの開発を進められなかった技術的課題を解決したこの新しいEMUは、今後の宇宙探査ミッションで活躍する可能性が高いとされています。現行のEMUの後継として増産されることが期待されており、月面での活動はもちろん、さらなる宇宙探査でも重要な役割を担うでしょう9)

【関連記事】アルテミス計画とは?目的やスケジュール、日本の役割などを解説

スペースX社が民間企業初の船外活動服を開発

イーロン・マスク氏率いるスペースX社は、2024年に民間企業として初めて船外活動服の開発を成功させ、実際の船外活動にも使用しました。この快挙は、船外活動服開発の歴史に新たなページを刻んだといえるでしょう11)

スペースX社の船外活動服は、関節の可動域が広く設計され、動きやすさや作業のしやすさが格段に向上しています。宇宙飛行士の負担を軽減し、快適性を重視したデザインが特徴です。

また、この船外活動服は、NASAのEMUに代わる技術革新として注目を集めています。スペースX社にとっても、火星移住計画に向けた大きな前進となる成果であり、その技術は将来的なミッションでも重要な役割を果たすと期待されています。

宇宙開発とともに進化する宇宙服に注目しよう

長らく進化が止まっていた船外活動服ですが、現在はNASAだけでなく、民間企業も協力して新しい船外活動服の開発に取り組んでおり、その設計はこれまで以上に実用的で革新的なものを目指しています。

こうした取り組みが進むことで、宇宙開発の未来はさらに広がりを見せるでしょう。たとえば、月面基地の建設や火星探査といった壮大なミッションにおいても、新しい船外活動服が重要な役割を果たすことが期待されています。

そして、もし民間人が気軽に宇宙旅行に出かけられる時代が来たら、船外活動服もファッションの一部になるかもしれません。お気に入りのデザインや用途に合わせて選び、洋服を買うように手軽に購入できる未来を心待ちにしましょう。

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※この記事の内容は2025年1月24日時点の情報をもとに制作しています

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