●話を聞いた人

宇宙エバンジェリスト®
一般社団法人スペースポートジャパン共同創業者&理事
青木英剛さん
アメリカで航空宇宙工学の工学修士とパイロット免許を取得。三菱電機株式会社でエンジニアとして宇宙ステーション補給機「こうのとり」と月着陸実証機「SLIM」の開発に従事。その後ビジネススクールで宇宙ビジネスを学び、MBAを取得。内閣府やJAXAなどの委員会に名を連ね、技術とビジネスのみならず、宇宙政策に深く関与しながら、大企業の宇宙ビジネスへの参入やベンチャーの支援、世界各地で講演などを行っている。
宇宙港(スペースポート)ってどんなもの?

画像:iStock.com/japrz
これからの宇宙時代を見据えて、世界中で開発されている「宇宙港」。一体どのようなもので、なぜこれからの時代に必要なのでしょうか。その役割や重要性を見ていきましょう。
宇宙港とは、宇宙への「玄関口」
宇宙港とは、ロケットや宇宙船が離着陸する宇宙への玄関口であり、スペースポートともいわれます。空港が飛行機の離着陸に利用されるように、ロケットや宇宙船も宇宙港から宇宙に飛び立ち、地球に帰還します。
「2024年現在、建設中および構想中のものを含めると、世界に約100カ所の宇宙港があり、今後さらに増加する見込みです」(青木さん)
宇宙港には「垂直型」と「水平型」の2種類がある

宇宙港には、大きく2種類のタイプがあります。
1つは、ロケットなどを地上から垂直に打上げる「垂直型」。もう1つは、航空機のように滑走路を使用して宇宙船などを離着陸させる「水平型」です。水平型の宇宙港は打上げ台が不要なため、既存の空港を利用する計画も進んでいます。
宇宙港の役割とは?一体何ができる?
前述のとおり、宇宙港ではロケットの打上げや宇宙船の離着陸が行われています。そのため、宇宙旅行者や宇宙飛行士などの人の移動のほか、人工衛星や探査機などの“宇宙機”、あるいは国際宇宙ステーション(ISS)に向けた物資の運搬などの役割を担います。
なぜ宇宙港が必要なの?各地で開発が進むワケ

世界のロケット打上げ数(打上げ成功のみカウント)1)
世界中で宇宙産業が急速に成長する中、ロケットの打上げ数も増加しています。しかしながら、ロケットを「打上げたい」という需要が増えているのに対し、現状は打上げられる場所、つまり宇宙港が足りていない状況です。そこで、世界各地で宇宙港の開発が急務となっているのです。
とくに近年は、小型人工衛星の活用が進んだことでその勢いは増しています。さらに、多数の小型人工衛星を連携させて運用する「衛星コンステレーション」の構築も進んでいるため、今後、宇宙空間への打上げはますます活発化するでしょう。
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宇宙港がもたらす地上へのメリット
宇宙港が作られると、ロケットや宇宙船の離着陸以外にも、いろいろなメリットがあります。どんな未来の可能性があるのか、順に紹介していきます。
宇宙港周辺が「新たなハブ拠点」になる

画像:iStock.com/metamorworks
宇宙港ができることで、周辺産業の発展が期待されます。ハブ空港や主要な駅のように、多くの人が行き交うハブ拠点になるため、観光や飲食、宿泊、荷物の運送、さらには宇宙港を使った技術開発や研究など、宇宙港のあるエリア全体の経済効果が考えられるのです。
宇宙港の“先進国”といえるアメリカでは、すでにいくつかの施設で副次的な効果が見られたり、最初からその効果を念頭に置いて、街づくりも含めた宇宙港の開発が進められたりしています。いくつかの事例を紹介します。
●ケネディ宇宙センター

画像:iStock.com/Allard1
観光地型の宇宙港として、世界でもっとも成功した事例であるケネディ宇宙センター。1966年に設立された施設で、ロケットの打上げ見学をはじめ、アトラクション体験などもあり、多くの観光客が訪れています。
「隣接する都市のオーランドにも、遊園地をはじめたくさんのエンタメがあり、旅行者がセットで訪れることも少なくありません」(青木さん)
●スペースポートアメリカ

画像:iStock.com/Judd Irish Bradley
世界第1号となった、民間企業も使用できる商用宇宙港で、2011年にオープン。アメリカのヴァージン・ギャラクティック社の宇宙旅行サービスの拠点となっています。周辺にはロケットのエンジン開発や打上げ実験を行う企業が集積し、研究開発拠点としても発達しています。
●ヒューストンスペースポート
アメリカ第4の都市であるヒューストンの地方空港を利用して建設が進められている都市型の宇宙港。住宅地にあり、地域と連携しながら街づくりと一体で進められているのが特徴です。大学の研究機関や企業を誘致しており、すでに多数の機関が参加しています。
宇宙だけでなく、地球上の移動も高速になる
宇宙港は、宇宙関連の開発やレジャーを発展させるだけでなく、地球上の移動にもメリットを与えます。その代表例が「高速二地点間移動」と呼ばれるもの。地球上の二地点間を移動する際に、一時的に宇宙空間を通ることで短時間での移動を実現します。これにより、地球上のどこへでも2時間以内で移動できるようになります。
なぜ宇宙空間を経由することで移動時間が短縮できるかというと、大気の密度が低い上空では、際限なく加速をすることが可能だからです。

すでに基礎的な技術は確立されており、2024年11月には、スペースX社がアメリカからインド洋まで約1時間で移動する実験を成功させました2)。距離にして地球半周以上に相当します。宇宙港が増えると、こうした次世代の移動手段を活用できる可能性が高まるのです。
宇宙教育にもプラスの影響を与える
宇宙港ができることにより、その周辺地域で子ども向けの宇宙教育プログラムが立ち上がるケースも増えています。政府や自治体が主導するケースが多く、国内でもすでに実施されています。
「海外でも、科学・技術・工学・数学を統合的に学ぶ『STEM教育』の一環として、宇宙教育プログラムを行う事例が見られます」(青木さん)
日本の宇宙港はどこにある?各施設を紹介

日本には、現在開発中のものを含めて8つの宇宙港が進んでいます。どのような場所にどのような施設があるのか、その概要や特徴などをひとつずつ紹介していきます。
北海道大樹町

画像提供:SPACE COTAN株式会社
北海道大樹町とSPACE COTAN株式会社が運営する「北海道スペースポート(HOSPO)」。世界中の民間企業・政府・大学・研究機関に開かれた商業宇宙港であり、2021年より本格始動しています3)。垂直型の打上げ設備を持つほか、宇宙旅行や高速二地点間輸送を見据えた滑走路を備えるなど、水平型の打上げへの対応も進めています。国内の民間企業単独で初めて宇宙空間に到達したインターステラテクノロジズ社のロケット「MOMO」も、ここから打上げられました。
2024年10月には世界5大陸の8宇宙港で覚書を締結。高頻度の打上げと利便性向上を図るため、宇宙港の国際標準化などを検討しています。
また、2025年の打上げを目指して台湾企業が準備を進めており、成功すれば日本初の海外ロケットの打上げとなる見込みです。
参考資料
福島県南相馬市
宇宙関連産業の集積に力を入れている場所として、福島県南相馬市もあげられます。現状では、具体的に宇宙港を設置していませんが、同市では民間事業者によるロケット打上げ等の実証実験が進められており、今後の進展が注目されています4)。
和歌山県串本町

画像提供:© スペースワン
2021年に完成した「スペースポート紀伊」は、スペースワン社が建設した日本初の民間ロケット発射場です5)。垂直型の宇宙港で、2024年3月には、独自開発した小型ロケット「カイロス」初号機の打上げが行われました。また、2024年12月にも「カイロス」2号機の打上げが行われました。今後、宇宙教育や観光・交流の拠点としても活用が期待されています。
参考資料
5)スペースワン
大分県大分空港

画像提供:大分空港
大分県は、2020年に大分空港を宇宙港として活用することを発表しました。水平型の宇宙港であり、アメリカのシエラ・スペース社が開発した宇宙往還機「ドリームチェイサー」のアジア着陸拠点になることが検討されています6)。
沖縄県下地島空港

画像提供:PDエアロスペース/三菱地所
こちらも既存の空港(下地島空港)を使った宇宙港で、2020年に沖縄県の事業として採択されました。コンセプトは「宇宙に行ける島、下地島」。すでに無人実験機の飛行試験が実施され、宇宙港へのアクセス道路の建設も始まっています。事業スタートに向けて「下地島宇宙港事業推進コンソーシアム」を設立し、有人宇宙機を開発するPDエアロスペースやANAをはじめ60社以上の企業が参加しています(2023年4月時点)7)。
参考資料
(JAXA)鹿児島県南種子町

画像提供:JAXA
JAXA種子島宇宙センターは、1969年に設立された日本最大のロケット発射場で、国内の人工衛星打上げにおける中心的な役割を担う場所です。センター内ではロケットの組み立てから整備・点検、打上げ、その後の追跡まで一貫した作業を行っています。宇宙科学技術館も併設されており、センターの取り組みを見たり、ロケット部品に触れたりという体験ができます8)。
参考資料
(JAXA)鹿児島県肝付町

画像提供:JAXA
鹿児島県肝付町にあるJAXAの内之浦宇宙空間観測所では、1962年以来、400機以上のロケット、40基以上の人工衛星・探査機が打上げられてきました。日本初の人工衛星「おおすみ」や、2010年に地球へ帰還した「はやぶさ」もここで打上げられています。また、固体燃料を使ったロケット「イプシロンロケット」の打上げを行った実績もあります。こちらも宇宙科学資料館が併設され、実際に使用した試作・試験品などを見ることができます9)。
参考資料
(番外編)洋上の宇宙港も進行中!
通常、ロケットや宇宙船の離着陸は地上で行われますが、最近は小型ロケットを“洋上”で打上げる取り組みも進んでいます。ASTROCEAN社10)がおもに開発しており、石油や天然ガスの探鉱に使用される「リグ」という掘削装置を活用し、洋上に発射場を作るものです。2019年11月には、網代湾上でのロケット打上げ実験に成功しており、洋上宇宙港ができるのもそう遠くないでしょう。
参考資料
10)ASTROCEAN
日本で実現を目指す「スペースポートシティ」とは?
スペースポートジャパンのスペースポートシティ構想図
©2020 canaria, dentsu, NOIZ, Space Port Japan Association.
2020年にスペースポートジャパンが「スペースポートシティ」構想図を発表しました。これは具体的な計画ではなく、あくまでも架空の都市における構想ですが、この構想図をきっかけに各地でスペースポートについて考えるきっかけとするために活用されています。
スペースポートジャパンのスペースポートシティ構想図
©2020 canaria, dentsu, NOIZ, Space Port Japan Association.
宇宙を体感できるテーマパークや美術館、ロケット発射を間近で見られる展望デッキなど、エンタメ要素も取り入れた構想となっています。
(コラム)日本は地理的に「宇宙港」の建設に向いている?

ロケット発射場を建設する場合、場所を選ぶ上でいくつかの条件があります。それが、「赤道に近いこと」もしくは「東側および南北いずれかにひらけた土地であること」と「周囲の一定範囲が無人であること」です。
ロケットの打上げの中でも伝統的な打ち上げ方式が、人工衛星の静止軌道への投入です。静止軌道は赤道上空約3万6,000kmを西から東にまわる軌道のため、赤道になるべく近い位置からロケットを打上げることで、軌道修正にかかる燃料を節約することができます。また、ロケットを打上げるためには、莫大なエネルギーが必要ですが、このエネルギーを少なくするために、地球の自転を利用します。そのため、多くのロケットは自転の方向である東向きに打上げられます。
最近最も需要が高いのが、小型衛星の打ち上げで、南北方向に打上げられることが多くなっています。
そのうえで、ロケットの打上げが万が一失敗した場合、落下物による事故が起きかねないため、発射場の周囲の一定範囲は無人にしなければならないというルールがあります。日本の場合はロケットの打上げ方向である東および南に海が広がっているため、ロケット発射場の建設、ひいては宇宙港を作るのに適しているのです。
世界各国の宇宙港はどんな状況?

画像:iStock.com/boxster
海外でも宇宙港の建設が進んでいます。ここではいくつかの国をピックアップし、どのような動きが起きているのか紹介します。
アメリカ
世界でもっとも宇宙港の開発が進んでいるのがアメリカです。前述したケネディ宇宙センターやヒューストンスペースポートのように実際に稼働しているもののほか、構想段階のものなど、全米で20カ所の宇宙港があります。
イギリス
ヨーロッパの中で、とりわけ宇宙港の動きが活発なのがイギリスです。現在、7つの宇宙港の計画があり、そのうちのひとつであるコーンウォール宇宙港はすでに許認可を受けて稼働しています。
「日本同様、海に囲まれており、EU諸国と比較してロケット発射を行いやすいことから、イギリス政府は諸外国に声をかけ、ロケット打上げを積極的に誘致しています」(青木さん)
オーストラリア
オーストラリアも、海に囲まれている点や、膨大な土地の有効活用という観点から、宇宙港の開発に積極的です。現在、6カ所で構想や計画があります。
「オーストラリアは自国での宇宙開発があまり進んでいないため、自国での使用というよりも、イギリス同様、諸外国に対してロケット打上げの誘致を進めています」(青木さん)
宇宙港の建設が、これからの時代の鍵を握る

画像:iStock.com/Brandon Moser
今後、宇宙開発が活発になることは間違いありません。そのためには、これらの活動の起点となる宇宙港を増やしていくことが極めて重要になります。
これまで、日本は宇宙輸送分野において他国に遅れをとってしまっている状況が続いていましたが、2024年には宇宙活動法の改正や、宇宙戦略基金が開始されるなど、政府による宇宙分野の支援が変わりつつあります。ただ一方で、まだ課題の残る部分があるのも現状です。
「海外では政府運営の宇宙港が民間企業に開放されていますが、日本では政府所有の宇宙港が、まだ民間には開放されていません。今後、日本でもこうした動きが起きてくれば、より国内の宇宙開発が加速することは間違いないでしょう」(青木さん)
宇宙開発の鍵を握る宇宙港。その建設にはより強固な官民の連携が期待されます。宇宙旅行に行けるようになる時代に向けて、今後の宇宙港情報もぜひチェックしてみてください。
※この記事の内容は2025年3月19日時点の情報をもとに制作しています

この記事の監修者
一般社団法人スペースポート・ジャパン
「日本がアジアにおけるスペースポートや宇宙旅行ビジネスのハブになること」を目指しており、政府や自治体、民間企業と連携しながら、宇宙港のみならず国内の宇宙開発を推進する活動に取り組んでいます。2024年12月現在では、国内の86の企業や団体、自治体などが会員として参画し、東京海上日動もその一員です。