宇宙空間に巨大なソーラーシステムを打上げ、生み出した電力を地球へと送る──まるでSFのように壮大な計画ですが、けっして夢物語ではありません。近年、各国が開発に力を入れる宇宙太陽光発電システム。環境にやさしく安定した電力を供給する、未来のエネルギーのしくみやメリット、各国の開発動向も含めて解説します。

宇宙太陽光発電システム(SSPS)とは?

画像: 画像:iStock.com/ipopba

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宇宙太陽光発電システム(SSPS:Space Solar Power System)とは、宇宙空間で集めた太陽エネルギーを、地球上で電力として活用する新しいエネルギーシステムです1)

宇宙は地球上に比べて、約1.4倍の強さの太陽光が当たります。さらに、地球上と違って昼夜・天候の影響が少なく、従来の太陽光発電よりも安定してエネルギーを供給できると言われています。宇宙太陽光発電は、その特性から現在人類が直面するエネルギー問題・気候変動問題といった課題解決の一手として注目されており、2023年5月に閣議決定された日本の「宇宙基本計画」でも、具体的アプローチのひとつとして挙げられています2)

宇宙太陽光発電と通常の太陽光発電との違い

太陽光発電というと、建物の屋根の上や丘陵部の斜面など、日当たりのいい場所に太陽電池を設置して行うイメージがあるでしょう。

こうした従来の太陽光発電と違い、宇宙太陽光発電で使われるのは巨大な人工衛星です。ここに太陽電池を搭載し、高度3万6,000kmの静止軌道に配備することで、衛星が地球の陰に入る一部期間を除いて昼夜関係なく、さらには地球上のように天候に影響も受けず発電を行うことができます。

画像: 宇宙太陽光発電と通常の太陽光発電との違い

そのため、単位面積で得られる電気の時間積算(kWh)で、7〜10倍の発電ができるのも特徴です。

なぜ宇宙空間で太陽光発電をするの?

前段で説明したとおり、宇宙太陽光発電は非常に発電効率の高いエネルギーシステムです。また、従来の太陽光発電と同様、温室効果ガスを排出しないクリーンなエネルギーでもあります。

温室効果ガスが原因と言われる気候変動問題は、地球規模で解決が求められる課題です。日本でも、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロ(※)にする「カーボンニュートラル」を目指すことが宣言されました。そのためにも、発電効率の高い再生エネルギーの実用化は必須と言えるでしょう。

また、現在日本の電力の70%以上は火力発電でまかなわれていますが、火力発電に必要である化石燃料は国内でほとんど産出されず、輸入に頼らざるをえません。宇宙太陽光発電は化石燃料や希少資源を使わず、「マイクロ波」という新しい「資源」を作り出せるため、実現すれば、世界情勢の影響を受けず、安定した電力供給を目指せる可能性もあるのです。このような宇宙太陽光発電のメリットについては、後ほど解説します。

※:二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量から、植林、森林管理などによる吸収量を差し引いて、合計を実質的にゼロにすること。排出量・吸収量は、いずれも人為的なものを指します。

宇宙太陽光発電システムの歴史

宇宙太陽光発電の歴史は意外にも古く、1968年、アメリカのピーター・グレイザー博士が提唱したのが始まりです3)4)5)6)。マイクロ波無線電力伝送の実証実験が実際に行われたことに着想を得て、宇宙太陽光発電は提唱されました。その後アポロ計画が推進され、数年後には第一次オイルショックが起きたこともあり、社会から多くの注目を集めたようです。その時考えられたシステムは現在とほぼ変わっていません。

その後、何度も研究が行われては中止されてきた宇宙太陽光発電ですが、近年、世界各国で大規模開発プロジェクトが始動しています(後述)。

宇宙太陽光発電システムのしくみ(送電方法)

宇宙太陽光発電で現在検討されているしくみをご紹介します。

まず、宇宙空間に太陽電池を搭載した人工衛星を設置。太陽光のエネルギーを集めます。そして宇宙空間で作られた電力は、一度マイクロ波やレーザー光に変換されて地球上に送られます。それを地球上に設置された巨大なアンテナで受信し、再度電力に変換するのが宇宙太陽光発電の大まかなしくみです。

レクテナと呼ばれる地球上の受電アンテナは、広範囲に遮るものがない海上などに設置されることが想定されています。

画像: 宇宙太陽光発電システムのしくみ(送電方法)

マイクロ波型・レーザー光型のメリット・デメリット

マイクロ波とレーザー光は波長が異なり、それぞれに長所と短所があります。「天候に左右されない」という宇宙太陽光発電のメリットを最大限活用できるマイクロ波が、世界では主流と言われています。

〈表〉マイクロ波型とレーザー光型の比較7)

マイクロ波型レーザー光型
メリット
  • 最適な周波数を選択することで雲や雨の影響をほとんど受けず、天候に左右されない
  • 高精度送電ビーム方向制御技術(アレーアンテナ技術)が発達している
  • 波長が短いため、回路効率が非常に高い
  • 波長が短いため、装置やシステムを比較的小型化しやすい
  • 地球上の太陽光発電設備をそのまま活用できる可能性がある
デメリット
  • レーザー光と比較して波長が長いため、宇宙側・地球上側ともに大規模なシステムが必要
  • 雲・雨・大気の影響を受けやすい
  • 人(目)へのダメージを避けるため十分な安全配慮が必要
  • 現在は高精度送電ビーム制御技術が未熟

とはいえ、波長の長いマイクロ派を地球上に届けるには、宇宙にも地球上にも巨大なシステムが必要になるため、小型化しやすいレーザー光型の研究も同時に進められています。

宇宙太陽光発電システムにかかるコスト(費用)は?

巨大な人工衛星を打上げ、地球上にも広大な受電システムが必要になる宇宙太陽光発電。開発コストも膨れ上がることが予想されます。2024年1月のNASAの報告書8)によると、最低でも地上太陽光・風力発電の約35倍ものコストがかかると算出されています。

なお、JAXAでは現在、宇宙太陽光発電全体のシステム検討の途上であるため、その実現にかかる経費の算定は行われていません7)

宇宙太陽光発電システムのメリット

画像: 画像:iStock.com/Nuthawut Somsuk

画像:iStock.com/Nuthawut Somsuk

今後、研究開発コストが相当かかるとしても、宇宙太陽光発電システムの実現を目指すのはなぜでしょうか。予想される大きなメリットについて見ていきましょう。

安定的に発電ができ柔軟に送電ができる

地球上の1.4倍という強力な太陽光を活用し、昼夜問わず安定して発電できることが、宇宙太陽光発電の最大のメリットと言えるでしょう。地球上での太陽光発電は、太陽の出ている昼間しか発電ができません。また、天候によって発電量が不安定になることも弱点です。そうした従来の太陽光発電の短所を払拭することができるのです。

また、宇宙太陽光発電ではエネルギーをマイクロ波やレーザー光に変換し、無線で地球上に届けます。受信アンテナを切り替えることで送電先を柔軟に変更することができ、地上送電網整備の負担軽減も叶うのです。

安定したコストで運用ができる

現在、世界の多くの国が、電力供給を火力発電に依存しています。しかしながら、火力発電に必須の化石燃料の産出国は限られており、日本のように輸入に頼り切りの国も少なくありません。また、紛争の影響などで需給が不安定になりやすく、価格も大きく変動します。

一方、宇宙太陽光発電は、太陽が存在する限り安定して電力を生み出すことが可能です。そのため、電力価格も大きく変動せず、一定のコストで提供できると考えられています。

環境に優しい

従来の太陽光発電と同様、発電時に温室効果ガスや廃棄物が発生しないことも大きなメリットです。環境にやさしく、気候変動問題の解決につながるクリーンなエネルギーと言えるでしょう。

地球上の自然災害の影響を受けない

宇宙空間では地震などの自然災害の影響を受けないため、非常時にも電力供給がストップしにくいと考えられます。地球上では、受電アンテナを複数のエリアに建設することで、災害の影響を分散させることも可能です。

宇宙太陽光発電システムのデメリット(課題)

画像: 画像:iStock.com/metamorworks

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メリットがあれば、デメリットもつきものです。宇宙太陽光発電実現に向けて、どのような課題があるのでしょうか。

設備の技術的ハードルがある

「夢の発電」とも言われる宇宙太陽光発電システムですが、その壮大さゆえに、これまで幾度も計画が生まれては中止されてきました。また、マイクロ波に変換した電力がどれくらいの長距離まで送信できるかは研究の途上。技術的なハードルは依然として高く、実用化まではまだまだ年月を要しそうです。

建設にコストがかかる

実用化のためには宇宙空間にも地球上にも大規模なシステムが必要となります。その建設に莫大なコストがかかることも、大きな課題です。加えて、宇宙への資材輸送費や運用・維持費、将来的な廃棄の費用もかかります。これらの経済性が、他のエネルギー源と競合できるレベルにならなければ、実現は難しいでしょう。

通信障害など生活に影響する可能性がある

マイクロ波やレーザー光が人体や地球環境に及ぼす影響はまだよくわかっていません。航空機や電子機器へ悪影響がないよう、配慮する必要もあります。

また、宇宙ゴミ(※)や太陽フレアの影響で、発電システムが破壊される可能性も無視できないでしょう。実用化に向けて、対応策の確立が求められます。

※:地球の周りを回り続ける軌道上にある「人工物体」の残骸。

宇宙太陽光発電システム開発における各国の動向

近年、世界で宇宙太陽光発電に注目が集まっていることは、冒頭で説明したとおり。なかでも日本は、長年研究開発をリードしてきた立場です。

現在、多くの国で2050年の実用化を目指して研究開発が進められています。ここでは各国の最新動向について紹介しましょう。

日本

1980年代以降、宇宙太陽光発電の研究を組織的に続けていたのが日本です。1990年代には大学や国立研究所の研究者により「SPS2000」という実証用発電衛星モデルの設計研究などを検討。2000年代に入ると、JAXAおよび経済産業省による研究も進みました9)

2024年度以降は、宇宙空間における脅威・リスクに対応するための抗たん性(※1)の高い宇宙システム(※2)の構築といった取り組みが進められています10)

※1:宇宙に係る脅威・リスクが顕在化した状況において、代替・補完手段の確保を含め、宇宙システムの機能の喪失、中断又は低下の防止や早期の機能回復によって、利用者が当該機能を可能な限り継続的かつ安定的に利用できる能力のこと。

※2:人工衛星およびその運用に必要な地上設備、打上げ用ロケットなどの打上げ施設や、射場システム、並びにこれらの機能維持に必要なシステム全般。

EU

欧州宇宙機関(ESA)では、2022年11月、宇宙太陽光発電の実現可能性を本格的に調査するプロジェクト「SOLARIS(ソラリス)」をスタート11)。その予算は、約100億円とも予想されています。2023年4月からは、民間企業2社とタッグを組んで研究を進行。約2年半をかけてメリットとリスク、採算性や必要な技術などを検証する予定です。

参考資料

11)ESA「SOLARIS」

アメリカ

アメリカでは2019年から宇宙太陽光発電の本格的なプロジェクトを始動。空軍研究所とカリフォルニア工科大学にそれぞれ約100億円もの予算がつけられ、開発に力を入れています。

中国

2008年には、中国が宇宙太陽光発電の建設計画を発表。中国空間技術研究院(CAST)が研究所を設立しました。2028年には、宇宙における高電圧の伝送および、無線電力の伝送実験を行う予定とのことです。

宇宙太陽光エネルギーは究極の再生エネルギー

人類の持続可能な未来に向けて、環境面・供給面から大きなメリットを生み出す宇宙太陽光発電システム。太陽が存在する限りエネルギーを生み出せる“究極の再生エネルギー”と言ってもよいでしょう。乗り越えるべき課題が多いものの、今後の開発に向けて期待が膨らみます。

※この記事の内容は2024年10月22日時点の情報をもとに制作しています

この記事の監修者

篠原 真毅

京都大学 生存圏研究所 生存圏電波応用分野教授。 宇宙太陽発電所SPSの研究、 地上マイクロ波電力伝送応用に関する研究、大電力マイクロ波を用いた新材料創生研究などを行う、宇宙太陽光発電に関する研究の第一人者。

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