そもそも宇宙開発とは?
「宇宙開発」とは、宇宙空間の探査や活用を目的とした一連の活動のことです。また、惑星移住の可能性を探求することも宇宙開発に含まれます。具体的な活動としては、ロケットや人工衛星の開発や打上げ、国際宇宙ステーション(ISS)の運用、月や火星への探査機の派遣などです。
そのほか、地球観測や天体観測など人工衛星のデータを利用した技術開発も宇宙開発のひとつです1)2)。
近年では、軌道上の不要な人工物であるスペースデブリ(宇宙ゴミ)の除去システムの開発など、宇宙空間の環境保全に関わる事業も宇宙開発に加わっています。
宇宙開発の主な目的
宇宙開発の目的はいくつかありますが、ここでは代表的なものを紹介します1)3)。
●宇宙に関する知識の向上
宇宙空間とその構成要素(惑星、星、銀河など)についての知識を深めることです。これには、地球外生命の探索や宇宙の起源に関する研究も含まれます。
●科学技術の進歩
宇宙開拓のための、新しい技術や素材の開発です。これらは宇宙開拓以外の分野にも応用され、産業の技術革新につながります。
●国家安全保障
宇宙開発の技術は、国防やセキュリティなどにも応用されており、監視衛星(※)や通信、位置情報提供などを通じて、国の安全を支えています。
●地球環境の保護
人工衛星を使った地球観測により、気候変動や災害監視、環境保護といった地球規模の問題への利用も行われています。
※:宇宙から地上を監視し、国を守るためのデータを収集する人工衛星。
民間企業の参入で宇宙開発の規模が拡大
現在、宇宙開発には国家や公的機関だけではなく、多くの民間企業が参加しています。民間企業が宇宙開発に本格的に関わるようになった転機は、2006年にNASAが発表した「商業軌道輸送サービス(COTS)」プログラムです。
国際宇宙ステーション(ISS)への物資運搬を民間企業へ委託するという計画で、スペースXが最初の委託先として選ばれました。スペースXは2012年に民間企業として初めてこの任務を成功させ4)、2020年には宇宙船「クルードラゴン」を使ってISSへの有人宇宙輸送も成功させました5)。これをきっかけに、アメリカの宇宙開発には、オービタル・サイエンシズやボーイングなど、宇宙船の開発と運用を手掛ける民間企業の参入が増加したのです。
一方、日本は世界に比べて民間企業の参入が遅れていましたが、宇宙基本法で定められた「宇宙基本計画」を2023年に改訂し、民間企業が参入しやすい環境を整えました。そして同年、宇宙スタートアップ16社に対して総額387.6億円が交付され、民間企業による宇宙開発が強化されたのです6)。これを機に、日本でもさまざまな分野の民間企業が参入し、宇宙開発の規模は拡大することとなりました。
宇宙開発がもたらすメリット
民間企業が多数参入し、宇宙開発が進むことで、私たちの暮らしにはどんなメリットがもたらされているのでしょうか。詳しく紹介していきます。
宇宙開発で生まれた技術を日常生活に活用
宇宙空間は、空気がなく、温度差が激しく、宇宙放射線(※)などが飛ぶ過酷な環境です。このような条件下で使用される機械類は、非常に頑丈に作られています。これらの技術は、宇宙開発に止まらず、私たちの日常生活にも応用されています。
たとえば、スマートフォンのカメラに搭載されているCMOSイメージセンサーです。CMOSイメージセンサーとは、レンズから取り込んだ光を電気信号に変換し、デジタルデータ(画像や映像)として再現する半導体です。この半導体は、元々NASAの研究者によって宇宙空間での撮影のために開発され、その後、スマートフォンやデジタルカメラで広く使われるようになりました7)。
医学分野では、宇宙空間の過酷な環境で人体に起こる影響を研究することが、地上での医療の進歩に役立っています。宇宙空間で得られる知見は、病気の発症メカニズムの解明や新しい治療技術の開発につながる可能性があります8)。
このように、日常生活のさまざまな場面で宇宙開発から派生した技術が利用されています。
※:宇宙放射線とは、宇宙空間を飛ぶ天然の放射線で、陽子、ヘリウム、およびそれよりも重い原子から成る放射線のこと。宇宙放射線は、高エネルギーのために宇宙飛行士や宇宙機の電子機器に影響を与えることがある。
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人工衛星による通信インフラとデータ活用の進化
宇宙開発の進展により、衛星インターネットサービス「スターリンク」の普及が加速しています。衛星インターネットとは、人工衛星を利用してインターネットにアクセスする通信システムです。
スターリンクの運営元であるスペースXは、再利用可能なロケット「ファルコン 9」を開発し、低コストでの人工衛星打上げを可能にしました。現在、スペースXは数千基の人工衛星を打上げ、地球全体をカバーできる衛星インターネットサービスを提供しています。多数の人工衛星を利用したシステムによって、上空に遮蔽物(しゃへいぶつ)がない場所に専用のアンテナを設置できれば、インターネットに接続可能になります。このように、スターリンクは通信インフラの制限をなくす革新的な衛星インターネットサービスとして高い注目を集めています。
スターリンクのしくみについては、以下の記事で詳しく解説していますので、参考にしてみてください。
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また、人工衛星のデータ活用も進化しています。とくに、自然災害に関するデータ分析では、ハザードマップの作成、インフラ設備の監視や老朽化のチェック、地殻変動の予測など多岐にわたる応用が可能になっています。
このように人工衛星は、私たちの日常生活の安全を支える重要な役割を果たしているのです。
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新しい市場の拡大
宇宙開発が進むことで、経済圏が宇宙にまで広がる可能性もあります。現在、国内外の旅行会社が販売している“気球で宇宙の入り口まで行く旅行”は、宇宙開発が進んだことで誕生した新しいビジネスのひとつといえるでしょう。それに伴い、一般の宇宙旅行者向けの宇宙保険なども誕生しています。
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また、宇宙ゴミの除去システムを開発している企業や、宇宙空間に実験設備を打上げようとしている企業も、宇宙を新たな経済圏として捉える一例といえるのかもしれません。
宇宙開発によって、新しいビジネスが誕生し、太陽系全体が人類の経済活動の場になる未来はもうすぐそこに来ています。
社会問題への貢献
宇宙開発は、地球が直面する食料危機や環境破壊などの社会問題の解決にも貢献することが期待されています。たとえば、月や火星へ移住する場合、食料不足や資源不足といった地球と共通の課題があります。このような課題に取り組むことは、地球の食料危機を解決するための新たなアプローチを見出す手助けとなる可能性があります9)。
また、二酸化炭素の削減も大きな社会問題のひとつです。2050年にカーボンニュートラル(※)を実現することは、世界が掲げる目標です。宇宙開発の技術がその達成に役立つ可能性があります。その技術とは、HONDAが研究開発を行っている「循環型再生エネルギーシステム」です10)。有人月面探査機の電力供給を行うシステムで、太陽エネルギーと水資源を活用して発電します。二酸化炭素を排出しないため、カーボンニュートラルなエネルギーの供給手段として地球上での利用が期待されています。
※:温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡し、実質ゼロにすること。
宇宙開発がもたらすデメリット
宇宙開発には多くのメリットがありますが、一方で解決すべき課題も存在します。ここでは宇宙開発のデメリットを3つ紹介します。
宇宙開発には莫大な費用がかかる
宇宙開発には莫大な費用がかかります。たとえば、日本の宇宙関連予算は年間で約5,000億円です11)。これだけの費用を投じても、宇宙開発は投資しただけの成果が得られるとは限りません。また、宇宙開発は1年や2年といった短い期間で結果が得られるものではなく、長期にわたる研究開発がつきものです。
宇宙開発によって大きな成果を得られる可能性はありますが、莫大な費用と時間を投じても、期待通りの成果が得られないリスクが大きなデメリットなのです。
参考資料
スペースデブリ(宇宙ゴミ)処理問題が発生している
宇宙開発に伴い、宇宙ゴミの問題も大きくなってきています。宇宙ゴミとは、運用を終えた人工衛星やロケットの上段部分など、軌道上に残された部品のことです。
このまま宇宙ゴミが増え続けると、運用中の人工衛星との衝突リスクが高くなり、将来の宇宙開発の妨げになることが危惧されています。また、2024年3月にはアメリカで宇宙ゴミが民家に落下し、損壊する事故が発生するなど、地上での被害も懸念されています12)。
この問題に対処するため、JAXAは宇宙ゴミの除去システムを開発する民間企業「アストロスケール」と契約を結び、宇宙ゴミの除去に向けた取り組みを進めています13)。
天体観測に影響を及ぼしている
宇宙開発の民営化が進み、前述したスターリンクを含む多数の人工衛星が打上げられています。これらの人工衛星のほとんどは、地上から200~1,000kmの低軌道を周回しています。
近年、この人工衛星が天体観測に悪影響を及ぼしています。人工衛星が太陽光を反射し、その反射光が望遠鏡の観測画像に映り込むことで、観測の正確性が損なわれるケースが発生しているのです。現在はまだ深刻な問題には至っていませんが、低軌道上の人工衛星の数は増加の一途をたどっており、将来的には天文学の研究にも影響が出る恐れがあるといわれています14)。
宇宙開発に関する法律
宇宙開発は、国同士が協力してプロジェクトを進める場合もあれば、国と国が競い合っていることもあります。いずれの場合も、勝手に宇宙開発を進めることがトラブルの原因になり得るため、世界共通の法律である国際宇宙法が制定されています。また、国ごとでも宇宙開発に関する法律が定められています。ここでは、国際宇宙法と日本独自の宇宙開発に関する法律について、簡単に説明します。
国際宇宙法
1967年に締結された宇宙条約を中心とした5つの条約から成る国際宇宙法。宇宙法とも呼ばれるこの法律は、宇宙空間の探査や利用における国家活動を規制する法律です15)。
この法律では、どの国にも宇宙の自由な探査と利用が認められていますが、天体や宇宙空間の主権の主張や独占は禁止されています。宇宙開発において国際的なトラブルが発生した際には、この法律に基づいて問題解決が図られます。
参考資料
15)JAXA「宇宙法」
宇宙基本法(日本)
宇宙基本法は、日本国内での宇宙開発に関する活動を規制する法律で、2008年に制定されました16)。この法律は、宇宙ビジネスに関するルールや、日本の宇宙開発戦略を行う内閣の宇宙開発戦略本部の役割について定められています。日本の宇宙関連企業は、宇宙基本法に従って宇宙開発を行わないといけません。
参考資料
【現在進行中】注目されている宇宙開発計画
現在も、世界でさまざまな宇宙開発が進行しています。とくに注目されている計画を2つ紹介します。
アルテミス計画(NASA)
アルテミス計画は、NASAが主導する月面探査計画です。現在、日本を含む世界43カ国が参加しています。この計画では、月周回軌道に有人拠点「ゲートウェイ」を構築することや、月面での探査活動が予定されています。
2025年に実施予定のミッション「アルテミスⅡ」では有人での月周回試験飛行、2026年に実施予定のミッション「アルテミスⅢ」では月面着陸を目標としています。その後、2028年と2032年に予定されている月面着陸には、日本人宇宙飛行士が参加することも発表されており、世界から注目されている宇宙開発計画です17)18)。
スターリンク(スペースX)
先ほども紹介したスターリンクは、実業家のイーロン・マスク氏が率いるスペースXが開発する人工衛星を利用した通信システムです。数千基の人工衛星を打上げ、世界に衛星インターネットサービスを提供しています。スペースXは、このサービスを提供するために、ロケットから人工衛星、さらに電波を受信するアンテナに至るまで、自社で研究・開発・運営を行っています。
スターリンクは、通信インフラが整っていない地域でも、上空に遮蔽物がない場所にアンテナを設置できれば、インターネットへの接続が可能です。この利点は、災害時にも有効で、2024年の能登半島地震時にはアンテナが避難所に無償で提供され、早期に通信環境が復旧しました。このような事例から、スターリンクは災害対策としても期待を集めています。
なお、スターリンクの人工衛星は、2024年4月時点で約6,000基が打上げられており、将来的には約4万基まで増える予定です。
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宇宙開発に期待される未来の展望
今後もさらなる発展が期待される宇宙開発。この先、宇宙開発が順調に進めば、人類の月や火星への移住、宇宙資源の活用も現実のものとなってくるかもしれません。ここでは、宇宙開発が進むことで起こり得る未来について紹介します。
惑星への移住
アルテミス計画では、人類の月への到達、月面基地の建設、そして火星探査へ向けての計画が進められています。これらが実現すれば、民間人の宇宙旅行や月や火星への移住も現実味を帯びてくるはずです。
惑星移住が達成されれば、人口増加や環境破壊などの社会問題の解決にもつながる可能性があります。
宇宙資源とエネルギーの確保
地球以外の惑星からの資源採掘が現実になれば、地球の資源不足を解決できるかもしれません。とくに期待されているのがレアメタルの採掘です。太陽系の小惑星からは高濃度のコバルトやニッケル、プラチナといったレアメタルが見つかっています。採掘できれば、鉱物資源として活用できる可能性があります19)。
現在、世界が小惑星からの宇宙資源の確保に向けた調査を進めており、サンプル収集も行われています。
宇宙開発は課題も多いが得られるメリットも大きい
各国が力を入れて取り組んでいる宇宙開発。高額な開発費用や宇宙ゴミ問題などの課題もありますが、宇宙開発に取り組むことで社会問題が解決できる可能性があるのも事実です。
宇宙旅行が現実になる日はまだ遠いかもしれませんが、宇宙開発から生まれた技術は意外と身近なところで活用され、私たちの生活を豊かにしています。今後も宇宙開発の進展から目が離せません。
※この記事の内容は2024年10月29日時点の情報をもとに制作しています