気象情報や位置情報など、私たちが普段使っているサービスの中には、人工衛星によって実現しているものが多々あります。そのひとつが、近年活用が進む「SAR衛星」です。先日打上げられたH3ロケットに載っていた「だいち4号」もSAR衛星のひとつ。一体どのような人工衛星で、何に使われているのでしょうか。SAR衛星についてわかりやすくご紹介します。

そもそもSAR衛星とは?

人工衛星が登場してから長い歴史がありますが、その中でも近年特に開発が進んでいるのが「SAR衛星」です。どのような特徴を持ち、なぜ活用されているのでしょうか。まずは、SAR衛星の概要や注目されている背景をご紹介します。

SAR衛星とは「地球観測衛星」のひとつ

SAR衛星の概要を説明する前に、まず前提として、人工衛星はその目的や用途によって大きく以下の3種類1)に分けられます。

画像: SAR衛星とは「地球観測衛星」のひとつ
種類概要
地球観測衛星宇宙から地球の様子を観測する人工衛星。気象や海洋、森林、建物の状況など、地球の表面や大気の状態を測定します。代表的なものに気象衛星による天気予報があります。
通信・放送衛星さまざまな通信のために用いられる人工衛星。通信衛星はインターネットや電話、放送衛星はテレビやラジオなどに用いられています。
測位衛星対象が地球上のどこにいるのかを正確に知るために使われる人工衛星。GPSをはじめ、カーナビや地図アプリなどの位置情報サービスに使われています。

このうち、SAR衛星は地球のさまざまな環境を観測するために使われている「地球観測衛星」にあたります。

SAR衛星の特徴

「SAR」とは、Synthetic Aperture Radar(合成開口レーダ)の略称です。「合成開口レーダ」は、対象物を観測するレーダの一種で、飛行機や人工衛星に搭載し移動させることにより、仮想的に“大きなアンテナ”をつくり、観測の精度(解像度)を高めるという特徴を持っています。電波の反射を利用するため、観測結果の画像は基本的に白黒になります。SAR衛星の詳しいしくみについては、後程あらためてご紹介します。

画像: SAR衛星「ふよう1号」の画像(札幌市周辺) 提供:METI・JAXA

SAR衛星「ふよう1号」の画像(札幌市周辺)
提供:METI・JAXA

一方で、地球観測衛星としてよく活用されているものに「光学衛星」があります。これは分かりやすく言うと、衛星から地球の写真を撮り、その画像をもとに観測するもので、気象衛星が撮影する衛星画像などが代表的です。天気予報などでカラーの衛星画像を目にしたことがある方も多いでしょう。SAR衛星と光学衛星の違いについては後述します。

なぜSAR衛星が注目されているの?

SAR衛星の歴史は古く、初めて宇宙に打上げられたのは1972年。アメリカのアポロ17号に搭載されていました2)。それ以降も各国で開発が続きますが、商用利用が禁止されていたため、軍事目的での利用に留まるなど普及は限定的でした。

しかし、2016年にアメリカで商用利用が許可されたことで民間企業の参入が活発化します。また、衛星開発の技術向上やコスト低下も普及を後押ししていきました。

最近では、人工衛星のトレンドもSAR衛星の普及に影響しています。近年は小型人工衛星の開発や、「衛星コンステレーション」と呼ばれる、多数の人工衛星を一体的に運用して、それらの観測データを組み合わせて網羅的に地球の状況を分析したり、衛星通信のネットワークを構築したりする技術が盛り上がっています。これらの技術とあわせることで、SAR衛星の活用方法もより幅が広がり、注目度が高まっているのです。

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SAR衛星のしくみとは?「光学衛星」との違い

レーダを使って地球を観測するSAR衛星。具体的にはどのように地球の様子が分かるのでしょうか。観測のしくみについて、より細かく見ていきましょう。

SAR衛星が地球を観測するしくみ

SAR衛星は「マイクロ波」という電波を使って地球のさまざまな事象を観測します。具体的には、SAR衛星からマイクロ波を地球に向けて発信し、その跳ね返りの信号の強さから地上の状況を分析します。衛星画像では、跳ね返ってきた信号の強い部分は白く、弱い部分は黒く表現されます3)

画像: SAR衛星が地球を観測するしくみ

たとえば、海などの凹凸がほとんどない平らな場所では、SAR衛星から発信したマイクロ波が衛星とは別方向に反射してしまい、信号がほとんど跳ね返ってきません。そのため、衛星画像では黒くなります。

一方、森林や山、建物などの障害物や凹凸の多い場所では、マイクロ波がその凹凸にあたって一部が衛星に返ってくる、といった違いが生まれます。そのため、衛星がキャッチできる信号が強くなり、衛星画像では白くなります。この跳ね返りの様子から地上の起伏を分析するのです。

周波数の違いにより“見たいものだけ”を観測可能

SAR衛星から発信されるマイクロ波にはさまざまな周波数があり、観測する対象に合わせて異なる周波数が使われます。

これは、周波数によって、マイクロ波があたると跳ね返るもの、マイクロ波が跳ね返らず透過するものが変化するためで、その性質を利用して観測したい対象物に最適な周波数を選択していきます。

以下の3つは、SAR衛星で主に使われている周波数帯です4)。周波数が高く波長が短いマイクロ波ほど、細かな対象物に反射するため、解像度が高く細かなものを観測できます。反対に、周波数が低く波長が長いマイクロ波では、細かなものを透過します。

LバンドCバンドXバンド
周波数1〜2GHz4〜8GHz8〜12GHz
波長長い          短い
透過能力高い          低い
解像度粗い          細かい
画像1: 周波数の違いにより“見たいものだけ”を観測可能

たとえば地表を観測したい場合、木の葉や枝、草は透過して、地面で反射するLバンドのマイクロ波を使用します。一方、森林を観測する場合は、木の葉や枝で反射するようXバンドのマイクロ波を使用します。なお、観測の際はひとつのマイクロ波ではなく、複数の異なる周波数のマイクロ波を使い、結果を複合的に分析するのが一般的です。

ちなみに、レーダによる観測は一般的にアンテナを大きくすればするほど、より細かな対象物を判別できます。しかしながら、人工衛星に搭載できるアンテナの大きさには限りがあるため、現実的には小さいアンテナを搭載する必要があります。

そこで、小さいアンテナでも移動しながら電波を送受信し、複数のデータを合わせることで、あたかも大きなアンテナで観測したように、人工的にアンテナの「開口」している範囲を「合成」し、高い解像度の情報を得られるようにしているのです。これが、「合成開口」と呼ばれる技術です5)

画像2: 周波数の違いにより“見たいものだけ”を観測可能

「SAR衛星」と「光学衛星」の違いは?

画像: 「SAR衛星」と「光学衛星」の違いは?

前述のとおり、地球観測衛星としてよく使われているのは「光学衛星」です。光学衛星は「光学センサ」というカメラのような機能で地球を観測するもの。そのため、夜間の様子や雲がかかっているエリアの観測などは難しくなってしまいます。

一方、SAR衛星はマイクロ波で観測するため、昼夜や雲に関係なく観測が可能です。そのため、天候が悪い災害時などにも活躍することができます。

SAR衛星はどのように活用されている?活用事例を紹介

こうした特徴を持つSAR衛星は、現在どのように活用されているのでしょうか。主な活用方法を以下に説明します。

地殻変動や地盤沈下、火山活動などの監視

画像: 画像:iStock.com/Chris Kendall

画像:iStock.com/Chris Kendall

地表の凹凸を細かく観測できるため、その変化から地殻変動や地盤沈下、火山活動などの予測・監視に役立てることができます6)。地表の様子から、マグマ溜まりの位置など、地中の情報についても推定が可能です。

災害時における被害状況の把握

画像: 画像:iStock.com/RahulDsilva

画像:iStock.com/RahulDsilva

台風や水害、地震などにおける被害状況の把握にも有効です。災害時は現場に人が立ち入れず、被害状況をつかめないこともあります。また、航空機や光学衛星では天候などの理由により情報が不足することも。SAR衛星では、そのような状況でも宇宙から被害の規模や建物の損壊状況などを把握することができます。

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農業・漁業・林業などの資源管理

画像: 画像:iStock.com/SimonSkafar

画像:iStock.com/SimonSkafar

人間の目では見切れない広大な資源の管理にもSAR衛星が使われています。具体的には、農業なら大規模な畑で農作物の生育状況を確認したり、林業なら森林の状態を確かめたりということが可能です。

道路や建造物の保守点検、管理

画像: 画像:iStock.com/Boarding1Now

画像:iStock.com/Boarding1Now

凹凸を観測する技術を使い、ビルや橋といった建造物、あるいは道路などの変化や歪み、傾きがないかを確認することが可能。人が点検に行かずに、SAR衛星から日々の変化を観測できます。劣化や異常にいち早く気づくことができます。

自然環境に対する違法行為の監視

森林の違法伐採や海域への侵入、密漁といったことを監視するためにもSAR衛星が活用できます。

SAR衛星を開発・運用している国内外の企業、団体

画像: 画像:iStock.com/gorodenkoff

画像:iStock.com/gorodenkoff

実際にSAR衛星の開発や運用を行う企業は国内外に増えています。ここでは代表的ないくつかの企業を紹介します。

主な日本の企業・団体

●JAXA(宇宙航空研究開発機構)
これまでに数多くのSAR衛星を打上げ、運用してきたのがJAXAです。「だいち」「だいち2号」「だいち4号」「ふよう1号」などがその例です。また、2021年にはQPS研究所、九州電力とともに、小型SAR衛星による高品質な画像データの提供を目指し、共同実証を開始7)。SAR衛星のデータを活用した新たなサービスの創出や、インフラ管理の効率化につながる取り組みを推進しています。

●NEC(日本電気)
SAR 衛星「ASNARO-2」などを開発・運用しています8)。その観測データは、災害状況の把握や、橋やトンネル、道路といったインフラの維持・管理に活用されています。また、ベトナム向けSAR衛星「LOTUSat-1」の開発・製造も行っています。

●QPS研究所
高精細の小型SAR衛星「QPS-SAR」を開発・製造・運用している企業です9)。2019年から打上げを開始し、「イザナギ」「イザナミ」「アマテル」「ツクヨミ」など、これまでに8基のSAR衛星を打上げています。2028年5月末までに24基、最終的には36基の衛星コンステレーション構築を目指しています。

●Synspective
JAXA、東京大学、東京工業大学、慶應技術大学等と連携し、小型SAR衛星「StriX」の開発を進める会社です。2024年12月時点で6基の小型SAR衛星を打上げており、2020年代後半に向けて、30基の小型SAR衛星コンステレーションを目指しています10)

主な海外の企業・団体

●Airbus
ヨーロッパの航空宇宙企業で、アメリカのボーイング社と並び世界の民間航空機市場の代表企業としても知られています。宇宙部門では、衛星をはじめ宇宙ステーションの開発事業なども展開。現在、より高解像度のSAR衛星コンステレーションの計画を進めています11)。

●ICEYE
フィンランドのICEYEでは、商用の小型SAR衛星やそのシステムを開発・運用・提供しています。世界でも有数のSAR衛星コンステレーションを有しており、2018年以降38基を打上げ、2024年には最大13基の打上げを予定しています12)。東京海上日動は、ICEYEと資本業務提携を結んでおり、水災が発生した際の迅速な保険金の支払いなどに取り組んでいます。

SAR衛星の課題とこれからの普及に向けて

画像: 画像:iStock.com/3DSculptor

画像:iStock.com/3DSculptor

SAR衛星のさらなる普及が期待される一方、現在抱えている課題もあります。それはデータ解析の難易度が高く、正確に読み取るには訓練が必要なこと。また難易度が高い分、データの読み間違いや誤認の可能性も少なからずあることです。実用化が進み、広く普及するにはこの課題を乗り越えていくことが重要でしょう。

解決策として、機械学習などを使って分析することが考えられます。これにより正確かつ手軽な分析が実現すれば、今後SAR衛星の普及はさらに進んでいくでしょう。また、衛星コンステレーションにより網羅的な観測を実現するのも重要です。収集データが豊富になれば、分析の正確性が増すことも期待できます。

近年活用が進むSAR衛星。地上の生活を守る「宇宙からの目」として、今後ますます普及していくかもしれません。

※この記事の内容は2024年12月24日時点の情報を基に制作しています

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