●話を聞いた人
清水建設株式会社
フロンティア開発室 宇宙開発部長 金山秀樹さん
コロラド大学ボルダー校大学院で修士号を取得後、1988年に清水建設に入社。宇宙開発特別プロジェクト室に配属され、宇宙開発戦略の策定や研究に従事。2015年から宇宙専門コンサルティングサービスを行う子会社のシー・エス・ピー・ジャパンの代表取締役を兼務。2018年4月に清水建設フロンティア開発室宇宙開発部長に就任し、多方面に及ぶ宇宙事業を指揮している。
連載「宇宙旅行を支える人々『SpaceMate』」
“宇宙旅行”を盛り上げ、支える仲間、それがSpaceMateです。さまざまな領域で活動を続ける彼らの活動をご紹介します。
Vol.1「一生モノの感動ツアーを届ける。宇宙への架け橋を目指す日本旅行の思い」
Vol.2「39万8千円で宇宙旅行を目指せ! PDエアロスペースの宇宙飛行機の挑戦」
Vol.3「シャンパンで乾杯も!気球で行く“宇宙体験ツアー”の魅力【HIS・クオリタ】」
ロケット発射場はスタート地点、月面開発を目指す清水建設の宇宙事業
SpaceMate編集部「2024年3月、和歌山県串本町のロケット発射場『スペースポート紀伊』から小型ロケットが打上げられました。清水建設は、この小型ロケットを開発した宇宙開発ベンチャーのスペースワン株式会社に出資なさっているそうですね」
金山さん「はい。清水建設をはじめ、キヤノン電子、IHIエアロスペース、日本政策投資銀行の4社が共同出資し、2018年にスペースワン株式会社を設立しました。清水建設では『宇宙輸送』『衛星データ活用』『月面開発』の3つを宇宙開発事業の領域と考えています。そのなかでも、小型衛星の実用化は近年急速に広がり、専用機で打上げたいというニーズがとても高まっていたことが、この事業へ出資したきっかけです」
SpaceMate編集部「月面開発に宇宙輸送、小型衛星実用化……。建設会社らしからぬワードがポンポン出てきますね」
金山さん「ちなみに、発射場であるスペースポート紀伊は、場所の選定から建設工事まで清水建設グループが担当しました。ロケットの打上げはどこでもできるわけではなく、東や南側に海が開けており、射点から一定の距離内に住宅や国道、鉄道があってはいけないなどさまざまな条件が定められ、場所選びが非常に難しいんです」
「キミ、宇宙やってくれ」。入社初日に辞令を手渡され…
SpaceMate編集部「ロケット発射場の建設は大手ゼネコンの業務として理解できます。でも、清水建設は月面開発にも取り組んでいるとか。“月”ともなると、あまりにスケールが大きく、建設会社のお仕事というイメージがありません。そもそも清水建設はなぜ宇宙を目指すのか、いつごろから宇宙開発に取り組んできたのか、まずそこから教えてください」
金山さん「1987年、副社長直轄の『宇宙開発特別プロジェクト室』が設置されました。それが清水建設の宇宙に対する取り組みの始まりです。もっとも当時は事業と呼べるレベルではなく研究がメインでした。私が清水建設に入社したのはその翌年の1988年のことです」
SpaceMate編集部「ということは、金山さんは清水建設に入社したときからずっと宇宙開発を仕事にしてきたんですね」
金山さん「そうなりますね。私はアメリカの大学を卒業したので国際関係の部署への配属を希望していたのですが、入社までの期間に特別プロジェクト室でアルバイトをしていたこともあり、『キミ、宇宙をやってくれ』と辞令を手渡されて。同期には『おまえ大丈夫か』と心配されました(笑)」
SpaceMate編集部「そりゃ心配するでしょうね。当時の宇宙開発は、まだ大国による国家プロジェクトだったはずです。そんな時代になぜ宇宙に取り組み始めたのか、そこが気になります」
金山さん「人類が砂漠や深海、大深度地下などの極限環境に進出したとき、それを建設技術でどうサポートできるか? そんな議論を社内で行っていたんですね。そのとき究極の極限環境が宇宙だったのです。加えて、清水建設ならではの特色を出したいという思いもあったのだと思います」
SpaceMate編集部「たしかに、宇宙開発の専門部署をもつ大手ゼネコンは清水建設以外に聞いたことがありません」
金山さん「ただ、ほかの建設会社も宇宙開発に関心を示した時期はあったんです。たとえば、1990年代の初めごろ、大手ゼネコンや準大手ゼネコンが集まり、宇宙開発の研究会を立ち上げたこともありました。ところが、そのあとのバブル崩壊による経済不況から1社抜け、また1社抜け……。結局は解散になりました」
SpaceMate編集部「そんな厳しい経済状況下にあっても、清水建設だけは宇宙から手を引かず、ずっと取り組んできたと」
金山さん「もちろん清水建設も不況の波に飲まれました。特別プロジェクト室は廃止となり、それから四半世紀近くの間、技術研究所(清水建設の技術開発の拠点)で宇宙開発の研究を続けてきましたから。ただ、その間には、現在の宇宙開発事業につながるようなさまざまな研究成果を挙げることができました」
月に太陽電池を設置する⁉︎ 宇宙を舞台にしたシミズ・ドリーム
SpaceMate編集部「宇宙開発の研究と聞いても、何を研究しているのかピンときません。たとえば、宇宙でどんなことを実現しようと研究なさっていたんですか?」
金山さん「2000年代終わりに『シミズ・ドリーム』と呼ばれる清水建設の未来構想を発表しました。海中に都市を建設する『OCEAN SPIRAL』、植物との共存をイメージした海洋建築『GREEN FLOAT』、そして宇宙を舞台にした『月太陽発電 LUNA RING(ルナリング)』など。
ルナリングは、幅約400kmに及ぶ太陽電池パネルを月の赤道上にぐるっと一周敷き詰め、月から地球に向けてマイクロ波やレーザー光で送電するという、ある意味で非常にブッ飛んだ構想です(笑)」
SaceMate編集部「それはたしかにブッ飛んでいますね(笑)」
金山さん「この構想を発表すると、実際に中東のある国から問い合わせがきました。『作るのにいくらかかります?』と。明確に回答することはできませんでした。このような構想を実現するためには、技術面を含めて多くの課題があるからです」
SpaceMate編集部「具体的にどんな課題があるんですか?」
金山さん「たとえば資材の運搬コストです。月は地球から約38万kmも離れており、月面に資材を運ぶと1kgにつき約1億円のコストがかかります。10kg程度の一般的なコンクリートブロックを1個運ぶだけでも、10億円の運搬コストが必要になるのです」
SpaceMate編集部「月の赤道上に400kmの太陽電池を敷き詰めるわけですから、途方もないコストが必要になりますね……」
国内初「月の模擬砂」の開発秘話
SpaceMate編集部「輸送コストを考えるとルナリング建設は夢のようなお話しです。何か解決策はあるのでしょうか?」
金山さん「運搬コストが高いので、月にある資源を利用することが極めて重要になります。そこで使えるものといえば、月の砂です。その砂をどのように活用するか? そうした研究を重ねるなかで私たちが開発したのが、国内初となる月の模擬砂『シミュラント』です」
SpaceMate編集部「すごい! 月の砂をつくったんですか?」
金山さん「はい。一般的な火成岩などを微小粉砕し、1972年にアポロ17号が月で採取してきたサンプルの物理特性と化学組成に可能なかぎり近づけたものです。この模擬砂は宇宙開発部の前身である技術研究所時代にJAXAさんの依頼を受けて開発しました。月面探査車や搭載するドリルなどの機器をテストするために模擬砂が必要だったんだろうと思います」
SpaceMate編集部「JAXAが依頼するくらいなので、清水建設以外に模擬砂を開発できる機関がなかったんでしょうね」
金山さん「おそらくそうだと思います。この月の模擬砂は教育・研究用途に限定して販売しています」
SpaceMate編集部「ちなみに月の砂と地球の砂は、違いがあるんでしょうか?」
金山さん「基本的に成分は地球の砂と似ています。ただ、月の砂はとても鋭利な形状をしているため、吸い込んでしまうと気管などを傷つけてしまいます。地球だと砂は風や水で風化して丸い形状になるんですが、月はそれらがないため、鋭利なままなんですよ」
SpaceMate編集部「それは危険ですね。月旅行には、粉塵マスクが欠かせない……ということですね」
月に泊まれる日も近い? シミズ・ドリームはまだまだ続く
SpaceMate編集部「『ルナリング』構想が2000年代の終わりでした。その後、2010年代に入ると、スペースXなど民間主導の宇宙ビジネスが盛んになります。見方を変えると、清水建設がやってきたことに時代が追いついたといえるかもしれません」
金山さん「研究だけをやっていた時代はそれほどアクセルを踏んでいなかったのですが、宇宙産業のパラダイムシフトが始まるなら、私たちもアクセルを踏み込まないといけません。そこで2018年にフロンティア開発室宇宙開発部という部署を立ち上げ、現在は短期、中期、長期の目標を掲げ、宇宙ベンチャーなどにも投資しています」
SpaceMate編集部「ひとつはスペースワン社の小型衛星打上げ事業ですよね。ほかに宇宙旅行について何か取り組む計画はないんですか。未来構想のシミズ・ドリームを見ると、SF映画に出てくるようなデザインの宇宙ホテルの構想もあったようですが?」
金山さん「宇宙ホテルは現時点では、まだ構想段階です。ただ、2021年から国土交通省による宇宙無人建設革新技術開発事業、通称『宇宙建設革新プロジェクト』に参画し、自律施工システム(※)の開発、そして『月面インフレータブル居住モジュール』と呼ばれる居住空間をつくり出すための技術開発をしています。月面に宇宙飛行士が滞在するためのモジュールですね」
※:建設機械が自ら周囲の状況を判断しながら、自動で工事を進めていくシステム
SpaceMate編集部「宇宙飛行士が滞在できるようになれば、何十年か先の未来に一般の旅行客が月面に滞在できる日が訪れるかもしれないわけですね。楽しみです!」
金山さん「この居住モジュールは東京ドームの膜材で有名な太陽工業さんや東京理科大学さんと共同開発しているのですが、このケースだけではなく、自社の得意な技術を宇宙開発に生かしたいという企業が増えてきました」
SpaceMate編集部「宇宙を新しい市場として捉える動きですよね。37年前から宇宙開発に携わってきた金山さんとしては、そうした動きを見ると感慨深いものがあるんじゃないですか」
金山さん「時代が変わりましたよね。今でもこうやって宇宙開発を続けられるのは、ずっと見てきたおかげかもしれません」
SpaceMate編集部「1987年からスタートした清水建設の宇宙事業にやっと時代が追いついてきた……。宇宙旅行も夢じゃないということを、金山さん自身が一番感じていらっしゃるのかもしれないですね。いつか清水建設が手がけた月面ホテルに宿泊できる日を楽しみにしています!」
清水建設のシミズ・ドリームについての詳しい情報はコチラ!
シミズ・ドリーム