地球と宇宙を行き来する時代が現実のものになりつつあります。現在の行き先は宇宙ステーションや月ですが、その先のビジョンとして、火星への到達、火星移住が計画されていることをご存じでしょうか? 「火星で暮らす」というSF映画のような話が将来、現実になるかもしれません。今後もっと身近な星になると予想される火星の特徴や環境、人が住むための課題などを紹介します。

火星への移住計画とは?なぜ火星が注目されるのか

画像: 画像:iStock.com/cokada

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「火星に100万人規模の移住都市をつくる」──そんな夢のような計画をイーロン・マスク氏が発表したのは、2016年「国際宇宙会議」の壇上でのことです1)。世界的にも大きな話題となったこの壮大な構想ですが、じつはこのほかにも、世界中で火星への移住計画が進められています。

現在、アメリカのNASAをはじめとして、中国やアラブ首長国連邦など、各国の政府を中心に、民間企業も参入をしており、2020〜2030年代を目標に、有人探査の実施が計画されています。

火星への移住計画は、地球上の人口問題や環境問題への解決策としても注目されており、テラフォーミング(※)の候補として火星がもっとも有力であると考えられています。

※:天体の大気、温度、地形などを地球に近い環境に改造し、人類が定住できる環境に作り変える計画。

なぜ「火星」なのか

火星は、他の惑星と比較して環境が地球にもっとも似ていると言われています。理由としては、水星や月と異なり大気があること、ほぼ同じ速度で自転していることなどが挙げられます。

また、火星は太陽系の第四惑星であり、地球から比較的近い距離に位置していることも理由のひとつです。

火星の環境や地球との違い

移住先として注目されている火星ですが、実際に人間が住める環境なのでしょうか。以下では、火星の環境の特徴や、地球との違いについて簡単に説明します。

〈図〉火星と地球の比較2)

画像: 画像引用:国立天文台

画像引用:国立天文台

火星の大きさ・重さ

火星は地球の約半分ほどの大きさで、太陽系の惑星の中では水星に次いで2番目に小さい惑星です。そして質量は地球の約1/10、重力は地球の1/3程度と言われています3)

地球から火星までの距離と時間

地球と火星は約780日(約2年2カ月)の周期で接近を繰り返しており、接近したときの地球からの距離は5,000万〜1億km、離れているときは約4億kmです4)

また、地球から火星までの移動にかかる時間は、約250日(8カ月)5)です。人類が月に初めて行った「アポロ11号」では、月に到着するまでにかかった時間が、約102時間(4日と6時間)だったので、約60倍もの時間がかかることになります。

火星の大気・気温

画像1: 画像提供:NASA Image and Video Library

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火星には大気がありますが、地球と比較するととても薄く、約1/160しかありません。そしてその薄い大気の96%は二酸化炭素が占めており、酸素は0.145%しかありません

また、火星の気温は以下のとおりです。

火星地球
平均気温-63℃14℃
最高気温30℃58℃
最低気温-140℃-88℃

地球よりも太陽までの距離が遠いことなどもあり、極寒の環境となっています6)。このままでは人間が住める環境ではないため、人工的に環境を変える必要があるのです。

火星の自然

火星に川や海はなく、草木もありません。しかし、火星には水の流れでできたような地形や川の跡があることから、昔は川が流れていたのではないかと考えられています

また、火星の地下深くに氷があることが発見されており、2018年には火星の氷の下に液体の水で満たされた湖がある証拠も見つかっています7)8)

人間が火星に住むための課題や条件

画像提供:NASA Image and Video Library

このように、火星移住に向けてはまだまだ課題が山積みです。前述した環境面のほか、火星までの移動手段についても確立できていないのが現状です。それぞれ詳しく説明します。

課題①:移動手段の開発・着陸方法の解決

火星移住に向けては、まず初めに人類が火星に行くための移動手段の開発が不可欠です。しかしながら、これまでに火星で行われた探査はすべて無人探査で、有人探査が実行されたことはありません

これは、長期間かかる地球から火星への移動において、無重力空間で過ごした際の体への負担の大きさや、火星と地球を往復する際の燃料と食料の担保などが懸念されているためです。

将来的な移住という点では、定員が数名のロケットではなく、たくさんの人が乗れて、物資の輸送もでき、移動時間を短縮できるロケットの開発が欠かせない条件となるでしょう。

NASAは移動日数を短縮するために原子力ロケットエンジンの開発を目指しています。早ければ2027年から実証実験が行われる可能性があり、開発することができれば、45日で地球から火星に行けるようになるかもしれません9)

民間企業では、スペースX社のイーロン・マスク氏が、一度に100名程度が乗れる巨大ロケットを開発し、数十年かけて100万人の火星移住を目指すという考えを明らかにしており10)、現在「スターシップ」というロケット兼宇宙船の打上げ実験を進めています。

また、巨大ロケットが実現し、火星に向かうことができたとしたら、つぎは火星への着陸が課題です。これまでの無人探査でも火星まで辿り着いたものの着陸に失敗してしまったケースが何度もあり、着陸を確実に成功させる方法の確立が必要です11)

課題②:放射線防護

大気や地球磁場などで守られている地球上とは異なり、宇宙空間では放射線を遮るものがありません。そのため、地球から火星に移動する間、放射線は絶えず降り注ぎます。また、火星に到着したあとも、その大気の薄さから、放射線のレベルは地球よりも高いと言われています。火星に1年間暮らした場合に浴びる放射線量はIAEAの安全基準(年間50mSv以下)を大きく上回る年間230mSv前後と見積もられているため12)、放射線対策は必要不可欠なのです。

放射線対策では、各国の研究機関や企業が、ロケット・宇宙船の新素材の開発、遮蔽の開発などを進めています。

課題③:大気・気温の調整

火星の平均気温はマイナス63℃、また、その大気の90%以上が二酸化炭素です。人が住むには過酷な環境であるため、地球に近い気候状況を再現する必要があります。

NASAの火星探査機「パーシビアランス」は、2021年に火星の二酸化炭素から酸素を生成することに成功しています。

また、気温の面では、火星にある氷を溶かして大気中の水蒸気と二酸化炭素を増やすことで温室効果を高め、火星の気温を上げるという考えもあります13)

課題④:水・食料の確保

火星には川や海、草木がなく、土は有毒で農業はできないと考えられています。また、動植物を育成するための太陽からのエネルギーにも課題があるとされており、人類が生活するためには、これらの問題をクリアして、食料を自給自足できるようになる必要があります。

この問題に対しては、火星の地下にある氷や、大気中の成分の活用が考えられており、さまざまな研究機関で水の回収方法や生成方法が研究されています。

また、現在NASAとカナダ宇宙庁(CSA)は共同で「Deep Space Food Challenge(ディープ・スペース・フード・チャレンジ)」12)を行い、宇宙での持続可能な食事のアイデアを民間企業から募っています。たとえば、宇宙飛行士が排出した二酸化炭素を再利用する方法などが提案されています14)15)

課題⑤:居住方法の検討

火星にはコンクリートも木もないため、住居を作るための素材の用意から考える必要があります。また、放射線や気候など、地球よりも厳しい環境に耐えうる住居を建てなくてはなりませんし、住居を建てるための建築手段、インフラ整備などの課題もあります。

こうした中で、NASAでは、火星の土を原材料にした3Dプリンターでの住居建設の研究を進めています。原材料は現地で調達し、建築はロボット(3Dプリンター)が行う計画です16)。これに付随して、火星の土の研究や3Dプリンターの開発などが進められています。

人間が火星に移住できるようになるのはいつ?

画像: 画像:iStock.com/NaokiKim

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実際に人間が火星に住める環境になるまでには、数百年かかるとも10万年以上かかるとも言われています17)18)。残念ながら火星が地球と同じような環境になるのは、まだまだ先の話です。

一方で、もっと早く火星移住が実現する可能性もあります。前述のとおり、スペースX社のイーロン・マスク氏は、2050年までに100万人が火星に移住する構想を掲げているほか、UAEは2117年までに人類を火星に送る計画を発表しています19)20)

またNASAも前述したとおり、2030年代の火星有人探査実施に向けて準備を進めており、その一環で火星の環境に似せた施設を3Dプリンターで作成して、そこで隔離生活を行う実験をしています16)

有人探査に成功し、火星の実態が今以上に明らかになれば、想像よりも近い未来に火星への移住が実現するかもしれません。

火星の研究・開発に関する最新トピックス

画像3: 画像提供:NASA Image and Video Library

画像提供:NASA Image and Video Library

無人探査機による火星調査は今も実施されており、新しい調査計画も発表されています。ここでは、2024年に報じられた火星に関する最新トピックスを紹介いたします。

火星の岩石の中から微生物を発見?

2021年2月に火星に着陸したNASAの火星探査車「パーシビアランス」が2024年7月、数十億年前に微生物が存在した可能性を示唆する痕跡を発見しました。火星の岩石から微生物のエネルギー源となる化学反応によってできたと考えられるヒョウ柄模様の斑点が見つかったそうです21)

火星圏のサンプルリターンミッションをJAXAが発表

2024年5月、JAXAは火星圏を往復し、火星から衛星のサンプルを持ち帰る火星衛星探査計画「MMX」について、2026年度中の打上げを目標にすることを発表しました。観測と採取を終えた探査機は、サンプルを携えて2031年度に地球帰還を予定しているそうで、サンプルリターンミッションに成功すれば世界初となります22)23)

中国も2030年頃のサンプルリターンミッションを計画

中国では、国をあげて惑星調査に力を入れており、2021年に天問1号で初の火星探査に成功しています。2024年6月にはこの先の惑星調査のスケジュールを発表し、2030年前後に天問3号を打上げて火星へのサンプルリターンミッションを実施する予定であることを明らかにしています24)

火星研究や移住の取り組みを進める企業・団体

画像4: 画像提供:NASA Image and Video Library

画像提供:NASA Image and Video Library

火星の研究や移住に向けた取り組みに注力しているのはNASAやJAXAといった国の機関だけではありません。宇宙ビジネスに取り組み、独自に火星移住を検討したり、NASAなどをサポートしたりする企業・団体もあります。

スペースX

イーロン・マスク氏が代表を務めるスペースX社では、大型宇宙船「スターシップ」を開発。

スターシップはアメリカが計画している有人の月探査「アルテミス計画」で使われる予定になっていますが、それにとどまらず、スターシップで火星に到達することを最終目標としています25)

2024年9月には、イーロン・マスク氏が自身のX(旧Twitter)にて最新の計画を発表。2026年にスターシップの火星への打上げを開始し、着陸がうまくいけば、4年後には火星への最初の有人飛行が行われる可能性について述べています26)。今後もその動向から目が離せません。

ブルー・オリジン

Amazonの創設者であるジェフ・ベゾス氏が設立したブルー・オリジン社では打上げロケットの開発を行っており、開発したロケットはNASAが予定している火星小型衛星ミッション「ESCAPADE」に使われることになっています。このミッションは2024年後半に打上げが行われ、火星に到着後、磁気圏を調査する予定です27)

日本国内にも宇宙ビジネスに取り組む企業はあり、今後の火星調査の発展次第では、火星調査や有人探査などに本格的に加わるようなこともあるかもしれません。

火星移住はまだ先。有人探査や火星旅行の実現に期待

火星の調査がはじまって50年以上。まだ人類は火星に到達できていません。しかし、無人探査によって火星について解明が進められており、各国が有人探査を計画し、研究を重ねています。2020年代後半から2030年代にかけて行われる予定の有人探査が成功すれば、そこから火星移住などが一気に具体化することもあるかもしれません。

火星がますます身近な星になり、移住や旅行が実現する日が来ることを期待して待ちましょう。

※この記事の内容は2024年9月20日時点の情報をもとに制作しています

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