なぜ月面基地が必要なのか?
人類初の月面着陸を実現した「アポロ計画」から半世紀以上が経過した現在、なぜ今になって月面基地の建設が進められているのでしょうか。その背景には、各国が進める宇宙開発計画があります。
月面基地とは?
月面基地とは、月の表面に作る宇宙開発拠点のことです。NASA主導で進められている「アルテミス計画」や、ロシアや中国などが中心となって進められている「月面研究基地」(ILRS)など人類が月で活動するための月面探査計画では、ロードマップに月面基地建設が含まれています。
2024年現在、これらはまだ構想段階で、実際の建設は進んでいません。しかし、2030年代に建設することを目標に、建設に必要な資源の調達手段や建設方法、建設場所などの調査や研究が進められています。
月面基地を作る目的
月面基地を作る目的は、月面探査を含む宇宙開発の拠点としての活用です。現在の宇宙開発は国際宇宙ステーション(ISS)を利用して行われていますが、ISSは2030年には運用終了が予定されており、その後の拠点が必要となります。
また、ISSは高度400kmで地球を周回していますが、月までの距離は約38万km1)です。この距離では、月面探査がしやすい環境とはいえません。そのため、月面に基地を作ることで、これまで以上に月資源の採掘や研究が進むと考えられています。大きな進展があれば、月旅行の実現や月面経済圏の誕生につながる可能性も期待されています2)3)。
さらに、月面基地を火星など地球から遠く離れた宇惑星の有人探査の中継基地として活用する構想もあります。月面基地の実現は、人類が宇宙のことをより深く知るために不可欠なステップといえるでしょう。
月の資源(水や砂)は月面基地の建材として期待されている
月面基地の建設において重要なのは、月の資源です。月にどのような資源があるかによって、基地の建設方法や基地が完成したあとの生活が大きく影響を受けるからです。
月に有効資源がある可能性と活用方法
これまでに各国が実施してきた月面調査(※1)により、月には人類にとって有効な資源が存在する可能性が明らかになっています。たとえば、月には水が存在すると考えられています。
川や池のような水の塊が発見されたわけではありませんが、インドの無人探査機「チャンドラヤーン1号」の調査や、中国の無人月探査機「嫦娥(じょうが)5号」が持ち帰った月のサンプルなどから、水の分子が発見されています4)5)。また、永久影(えいきゅうかげ)と呼ばれる日が当たらない月の部分には、表面近くに水が残っている可能性が高いと考えられています6)。
水があれば飲料水として利用できるため、月での人の生活も可能になります。さらに、水は水素と酸素に電気分解できるため、ロケットや探査ローバーの燃料としても活用できます4)。
また、月の表面を覆う砂も月の資源です。レゴリス(※2)(月の砂)には酸素や金属、水素などが含まれていることがわかっており、月面基地を建設する際の原料として活用する研究が進められています7)8)。
※1:月面調査とは、月の土壌成分の分析や特定地点の環境調査すること。一方、月面探査は、広範囲にわたり月の地形や環境を調査し、新たなエリアを開拓する活動のことを指す。
※2:レゴリスとは、地質学および惑星科学で使われる用語。地質学では、固結していない堆積物の総称。惑星科学においては、月や惑星、小惑星などの天体の表面を覆う堆積物を指す。
いつ実現する?月面基地の建設を目指す各国のプロジェクト
月面基地の建設は、月面探査や火星探査、深宇宙探査など壮大なスケールで展開される計画の第一歩となります。
月面基地の建設が含まれる代表的な計画は、NASAが提案する「アルテミス計画」です。ロシアや中国が中心となって準備を進める、「月面研究基地」(ILRS)でも月面基地建設を予定しています。ここでは各計画の概要を紹介します。
アルテミス計画
立案年 | 2019年 |
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立案国 | アメリカ |
参加国 | 日本、イギリス、イタリア、スイス、スウェーデンなど43カ国(2024年8月時点) |
ミッション | 月面での持続的な探査活動、ゲートウェイ計画、火星探査など |
月面基地の建設時期 | 未定 |
「アルテミス計画」は、NASAが提案し、世界43か国が参加する月面探査プログラムです。2017年、当時のアメリカ大統領ドナルド・トランプが有人月探査やその後の火星探査を行う「宇宙政策指令-1」(SPD-1)に署名したことが発端で、2019年に「アルテミス計画」として月面着陸などのスケジュールが発表されました9)10)。
「アルテミス計画」では、月周回有人拠点「ゲートウェイ」の構築のほか、アポロ計画以来となる人類の月面着陸や月面探査、そして火星への有人探査が計画されています。
月面基地は「アルテミスベースキャンプ」として建設が検討されています。月周回有人拠点「ゲートウェイ」とともに月面探査や火星および深宇宙探査の拠点となる予定で、最初は短期間の滞在からスタートし、将来的には4人の宇宙飛行士が約1カ月間滞在できるようにすることを目標に掲げています11)。
スケジュールにはやや遅れが生じていますが、「アルテミス計画」は既に進行中です。2025年に実施予定のアルテミス計画Ⅱで人類を月周回軌道へ到達させ、2026年のアルテミス計画Ⅲで月面着陸を目指しています12)。月面基地の建設はこれよりもあとの計画で、具体的な時期はまだ公表されていません。
ちなみに、日本は2019年10月に「アルテミス計画」への参加を表明しました。JAXAと民間企業が協力し、さまざまなプロジェクトに関わっています。たとえば、月面探査機や有人与圧ローバー(※)の研究開発、宇宙飛行士の滞在に不可欠な環境制御・生命維持システムの提供などに取り組んでいます13)。
また、2028年、2032年の月面着陸ミッションで、日本人宇宙飛行士が参加することも発表されています14)。
※:月などの天体表面を探査することができる探査車。宇宙飛行士が約1カ月にわたって生活できるように設計される予定。
●月面基地の実現は月周回有人拠点「ゲートウェイ」が握っている
「アルテミス計画」の月面基地建設において実現の鍵となるのが、月周回有人拠点「ゲートウェイ」です。
「ゲートウェイ」は、2018年2月にNASAが発表した構想で、月の周回軌道に設置される有人拠点です。2025年以降に建設が開始され、2028年の完成が予定されています。ISSが2030年に運用終了するため、そのあとは「ゲートウェイ」が月や火星探査の拠点となる見込みです。
「ゲートウェイ」には、年間30日程度、4名の宇宙飛行士が滞在できるようになる予定です。この中継基地が月の調査に大きな進展をもたらすと期待されています。「ゲートウェイ」が完成すれば、月面基地の建設も一気に現実味を帯びてきます。
日本ではJAXAが「ゲートウェイ」の建設に参画しており、ISSでの活動や物資補給機「こうのとり」で培った技術を活かし、国際居住モジュール(I-Hab)内の空気の循環制御や気圧の制御などを担う装置を提供します15)。
参考資料
月面研究基地(ILRS)
立案年 | 2021年 |
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立案国 | ロシア、中国 |
参加国 | ベラルーシ、パキスタン、南アフリカ、エジプト、タイなど11カ国(2024年5月時点) |
ミッション | 月面調査、月面着陸、月面基地の建設など |
月面基地の建設時期 | 2030年代に建設 |
「国際月面科学研究基地」(ILRS)は、ロシアと中国が主導する宇宙探査計画です。2021年3月、ロシアのロスコスモスと中国国家航天局(CNSA)がILRSに関する協定に署名し、6月には月面基地の建設を含むロードマップを公開しました16)。このロードマップでは、2020年代にサンプルリターンミッション(※)による成分調査や月面基地の建設場所の選定を行い、2030年代には月面基地の建設を予定しています。また、中国の別の発表によると、2035年までに科学実験や資源開発を行う月面の研究ステーションを整備することを目標としています17)18)。
※:宇宙探査機が月などの天体から土壌や岩石などのサンプル(試料)を採取し、地球に持ち帰るミッションのこと。これにより、天体の成分や歴史、さらに生命の痕跡などを地球上で詳しく分析することができる。
宇宙開発利用加速化戦略プログラム
立案年 | 2021年 |
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立案国 | 日本 |
ミッション | 衛星データ活用、月面エネルギー関連技術開発、宇宙無人建設革新技術開発など |
月面基地の建設時期 | 2030年以降に建設 |
日本では、国が推進する「宇宙開発利用加速化戦略プログラム」(スターダストプログラム)の一環として「宇宙無人建設革新技術開発」(略称:宇宙建設革新プロジェクト)が行われており、2030年以降の月での月面拠点建設を目指し、無人で建設を行うための研究開発が進められています19)。
宇宙建設革新プロジェクトには、ゼネコン大手や大学などが多数参加し、「月の環境下での自動・無人での建設技術の開発」「月の砂を原料とした建材の製造」「簡易施設の建設」の3分野で研究を進めています。
たとえば、立命館大学は他の大学や研究所と共同で、月面での無人の測量・地盤調査法を研究しており、無人調査ロボットの開発や調査・施設設計法の確立に取り組んでいます。
●月面探査計画も進行中
「宇宙開発利用加速化戦略プログラム」とは別にJAXAによる月面探査計画も進行中です。記憶に新しいところでは、2024年1月にJAXAの小型月着陸実証機「SLIM」(Smart Lander for Investigating Moon)が、世界初のピンポイント着陸(※)に成功しました。着陸までの技術的なデータや、撮影した画像の送信など、当初の予定を上回る成果を上げており、今後の月面探査へも大きく貢献すると期待されています(SLIMの月面活動は2024年8月に終了)20)。
※:狙った場所へ着陸させること。
月面基地はどのように作られる?
月面基地建設の実現に向けて、各国が建設方法の確立に力を入れて取り組んでいます。
月は地球とは環境が異なるため、地球上と同じ方法で建設することは困難です。また、コンクリートなどを月へ運ぶには1kgにつき約1億円という莫大なコストがかかるため、現実的ではありません。
さらに、大勢の建設作業員を現場に送り込むことも難しく、月の環境に耐えられる月面基地を建設する必要もあります。このように課題は山積みですが、月面基地を建設するためのさまざまなアイデアが提案され、研究開発が進められています。ここでは、その一部を紹介します。
3Dプリンターで建築
NASAの「アルテミス計画」の一環として、立体モデルを製作する「3Dプリンター」を月に持ち込み、月面基地を建築する研究が進んでいます。
2022年、NASAは3Dプリンター住宅の建築・販売を行うアメリカのICON社に、3Dプリンターを用いて月面に住居、道路、離着陸場を作るための研究開発を依頼し、5,720万ドルの契約を結びました21)22)。
ICON社は「マーズ・デューン・アルファ」(地上に火星の環境を作り、そこで1年間生活するプロジェクト)にも関わるなど、NASAの宇宙開発に貢献しています22)。
月面基地の研究開発は「プロジェクト・オリンパス」として進行中で、現地で入手可能な資源を利用すること(ISRU)によって月面基地を建設することを目指しています。月の資源である砂を用いてコンクリートより強固な建築材料を製造し、その材料と3Dプリンターを使って宇宙空間で構造物を建設できるようにすることを発表しています23)。
畳める簡易施設を月まで運ぶ
日本では、「宇宙開発利用加速化戦略プログラム」(スターダストプログラム)の一環である「宇宙無人建設革新技術開発」(略称:宇宙建設革新プロジェクト)において、「月面インフレータブル居住モジュール」という簡易施設を研究中です19)。清水建設と太陽工業、東京理科大学が共同で研究しており、畳んで月まで運べるのが特徴です。月の厳しい環境に耐える強度が必要であり、高真空や厳しい昼夜温度差にも対応できるかどうかテストが行われています。
このような研究は、月面基地の建設はもちろんのこと、地球上での建設技術の革新にもつながることが期待されています。
月の砂を使ったコンクリート基地を建設
「月面インフレータブル居住モジュール」の研究を行う清水建設は、1987年から宇宙開発に取り組んでいる、この分野をリードする企業です。とくに宇宙建築の研究開発を長年進めており、そのひとつとして「コンクリート月面基地構想」があります。この構想では、月の資源でコンクリートを製造し、月面基地を建設することが発表されています2)。
清水建設は、月の砂を用いたコンクリートの生成方法をはじめ、施工技術やデザインなど、月面基地の建築に関するさまざまな研究を重ねています。その成果のひとつが国内初となる月の模擬砂「シミュラント」の開発です。これは、月面基地を製造する際のコンクリートの原料となる月の砂にできる限り成分を近づけたもので、現在は月面探査に向けての教育・研究などに利用されています。「シミュラント」でコンクリートが製造できるようになれば、月の砂を用いての月面基地建設への道がさらに前進できるでしょう。
【関連記事】「ロケット発射場から月面開発まで⁉︎清水建設が1987年から挑む宇宙開発」
月面基地から月旅行へ、宇宙旅行の夢は広がる
現在、NASAの「アルテミス計画」、ロシアや中国の「月面研究基地」、そして日本の「宇宙開発利用加速化戦略プログラム」など、各国で月面基地建設に向けた計画が進められています。月面基地が実現すれば、私たち民間人が月旅行を楽しむ日も、夢物語ではなくなるかもしれません。月面基地の完成を心待ちにして、気軽に月へ行ける未来を期待しましょう。
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※この記事の内容は2024年9月27日時点の情報をもとに制作しています