「アルテミス計画」とは?概要や目的を解説
アルテミス計画は人類を月に送ることを目指していますが、その目的はそれだけにとどまりません。じつは、この計画はさらに先の火星探査も視野に入れたものなのです。ここでは、そんな壮大な計画の概要と目的について詳しくご紹介します。
「アルテミス計画」はNASA主導の月面探査プログラム
アルテミス計画は、NASAが主導する月面探査プログラムの総称です1)。2017年に当時のアメリカ大統領ドナルド・トランプ氏が、有人月探査や火星探査を進める「宇宙政策指令-1」(SPD-1)に署名したことが、その始まりです2)。そして、2019年に「アルテミス計画」という名称と、月面着陸計画を含むスケジュールが発表されました3)。
この計画では、人類の月面着陸だけでなく、月面や火星探査に向けた中継地点として、月周回有人拠点「ゲートウェイ」の建設も予定されています。
ちなみに「アルテミス計画」という名前は、アポロ計画の由来となったギリシア神話の神「アポロン(アポロ)」と、その双子の兄妹である月の女神「アルテミス」にちなんで名付けられました4)。
「アルテミス計画」の目的
アルテミス計画の主な目的は、月に滞在し、持続的な探査活動を行うことです5)。この計画では、以下のような具体的な目標が掲げられています6)。
〈表〉アルテミス計画の目標
目標 | 内容 |
---|---|
持続的な月面探査活動 | 月に長期滞在し、技術実証や資源探査を含む継続的な探査活動を実施する |
新技術の開発 | 月での探査活動を通じて、惑星探査技術や現地の資源利用技術を含む未来の宇宙探査に必要な技術を開発する |
宇宙資源の発掘 | 月の水氷や資源を探査・活用し、深宇宙(※)探査や宇宙資源の利用に貢献する |
地球の環境問題への対応 | 月面探査で得た技術や資源利用の知見を活用し、地球環境や資源問題の解決に貢献する |
宇宙旅行や月への移住の足がかり | 月での長期滞在や技術開発を通じ、将来的な月移住や宇宙旅行の基盤を築く |
火星や深宇宙の探査準備 | 月を拠点にし、火星や深宇宙の探査の実現を目指す |
アルテミス計画は人類が宇宙で持続的に活動できる基盤を築くことを目指しており、これによって未来の宇宙探査の道が大きく開かれます。
※:深宇宙とは、地球から非常に遠い宇宙空間のことで、その距離は各国で異なる。
「アルテミス計画」と「アポロ計画」の違い
アルテミス計画以前には、アポロ計画がありました。アポロ計画とアルテミス計画は、どちらも「人類が月に行く」という点では共通していますが、目的は大きく異なります。
アポロ計画は、当時のアメリカと旧ソ連の宇宙開発競争が背景にあり、「人類を最初に月へ送り、無事に帰還させる」という国家の威信を示すことが主な目的でした7)。
一方、アルテミス計画は、月での持続的な探査活動を目的としています。国同士が競争するのではなく、各国が協力して計画の成功を目指しており、2024年6月時点で世界43カ国が参加しています8)。
「アルテミス計画」のスケジュール
2019年にスケジュールが発表されたアルテミス計画は、2022年に初めてのミッションを成功させました。そして2032年までに、7つのミッションが予定されています。アルテミス計画のミッションはアルテミスⅠ~Ⅶという名前がついており、それぞれの目的に合わせて宇宙船や宇宙飛行士、探査機などを打上げていく予定です。ここでは、アルテミス計画の具体的なスケジュールと各ミッションの内容を詳しく紹介します。
アルテミスⅠ:打上げ日(2022年11月16日)
アルテミスⅠは、無人の宇宙船を打上げて月周回試験飛行を行い、アルテミスⅡ以降の打上げに向けて、その性能を確認するためのミッションです。使われる宇宙船は「オリオン宇宙船」(詳しくは後述)。ロケットの不具合や天候の影響で打上げが幾度か延期されましたが、2022年11月16日に打上げが実施され、2022年12月13日に地球へ無事帰還しました9)10)。
アルテミスⅡ:打上げ日(2025年9月以降予定)
アルテミスⅡでは、約10日間の有人月周回飛行が予定されており、宇宙空間での宇宙飛行士の健康状態の変化や月面探査に向けた事前確認が行われます。また、オリオン宇宙船のシステムが乗組員を乗せた状態のまま、深宇宙環境で正常に動作するかどうかの確認も重要なミッションのひとつです11)12)。
すでに決定している4人の宇宙飛行士には、女性宇宙飛行士も含まれており、2024年10月時点で、打上げは2025年9月を目標としています13)。
アルテミスⅢ:打上げ日(2026年9月以降予定)
アルテミスⅢでは、アポロ計画以来となる月面着陸に加え、人類を初めて月の南極地域に送り込むことを目標としています14)。南極地域は、気温差が激しく過酷な環境のため、着陸や探査が難しいとされていました。しかし、NASAの航空機望遠鏡「SOFIA」によって、南極地域には水氷が存在することが明らかになりました。アルテミスⅢでは、その調査を進めるために、月面での水資源の探査に挑みます。
月面着陸には、スペースX社の有人月面着陸システムが採用されます。有人月面着陸システムとは、宇宙飛行士を目的地に安全に連れて行き、帰還させるための月面用の着陸船です。オリオン宇宙船と有人月面着陸システムは月近くの軌道でドッキングし、宇宙飛行士を搭乗させて月に降り立ちます。滞在中、宇宙飛行士は月の地質調査や有人月面着陸システム内での研究活動を行う予定です15)。
地球から月までの移動と月面での滞在を含め、約30日間にわたる計画で、2024年10月時点では2026年9月以降の実施が予定されています14)。
アルテミスⅣ:打上げ日(2028年9月以降予定)
アルテミスⅣは、月周回有人拠点「ゲートウェイ」の拡張と月面探査を行うミッションです。ゲートウェイとは、かんたんに説明すると、月面探査用の宇宙ステーションです。ゲートウェイは、2025年から段階的に建設される予定(詳しくは後述)で、このミッションでは、オリオン宇宙船とともに居住機能と研究機能を兼ね備えた居住モジュール「I-Hab」が打上げられます。I-Habがゲートウェイとドッキングしたあと、宇宙飛行士はゲートウェイ内で数日間滞在し、必要な準備を整え、月面探査を実施する予定です16)。
アルテミスⅣの実施は最短2028年9月以降とされていますが、アルテミスⅢまでの打上げ時期やゲートウェイの建設状況により、変更される可能性があります17)。
アルテミスⅤ、Ⅵ、Ⅶ:打上げ日(2030年以降予定)
アルテミスⅤ以降のミッションは、2030年以降に実施予定です16)。これらのミッションでは、月での長期的な探査活動を支援するため、居住と移動を可能にする有人月面探査車「LTV」(Lunar Terrain Vehicle)の導入が予定されています。これにより、宇宙飛行士の月面での移動や作業が効率化されます。
「アルテミス計画」で打上げられるロケット、宇宙船、有人月面着陸システム
アルテミス計画で月面探査を成功させるためには、ロケット、宇宙船、有人月面着陸システムの3つの宇宙機(※)が不可欠です。各宇宙機が果たす役割を知ることで、計画の壮大さと技術の進歩を知ることができます。
※:宇宙機とは、宇宙空間での探査や運搬、観測などを目的に設計された機器や乗り物の総称。人工衛星、探査機、宇宙望遠鏡、有人宇宙船などが含まれる。
「アルテミス計画」で打上げられるロケット
アルテミス計画には、NASAとボーイング社が開発した「スペース・ローンチ・システム(SLS)」というロケットが使用されます。このロケットは、オリオン宇宙船、宇宙飛行士4人、大型貨物を月まで一度に運ぶことが可能です。
アルテミスIで使用されたスペース・ローンチ・システムの大きさは、全高約98m(322フィート)、重量約2,600t(約575万ポンド)17)。日本のH2Aロケットと比較すると、H2Aは全高53m、重量289tであり、スペース・ローンチ・システムの規模が圧倒的に大きいことがわかります。
今後、スペース・ローンチ・システムは改良され、アルテミスⅡやゲートウェイの建設時にも使われる予定です18)。
参考資料
「アルテミス計画」で打上げられる宇宙船
宇宙船は、宇宙飛行士を月の周囲まで輸送する重要な役割を担います。アルテミス計画では、NASAとロッキード・マーティン社が共同開発した「オリオン宇宙船」が使用されます。この宇宙船は、高さ約3.3m、底部の直径が約5mの円すい台形をした構造で、スペース・ローンチ・システムの先端に搭載されて地上から打上げられます。宇宙空間では、スペース・ローンチ・システムから切り離され、月の周辺までの航行を行い、地球への帰還時には宇宙船自身が大気圏に再突入し、地球に帰還します19)20)。
2022年に行われたアルテミスⅠでは、宇宙飛行士の代わりに人形を搭乗させ、オリオン宇宙船の打上げと大気圏再突入の試験が行われ、帰還に成功しました21)。
また、2026年のアルテミスⅢでは、後述する有人月面着陸システムとドッキングし、人類を月面着陸させることが予定されています。
「アルテミス計画」で打上げ予定の有人月面着陸システム
有人月面着陸システム(Human Landing System:HLS)とは、宇宙船や後述するゲートウェイから宇宙飛行士が月面に着陸する際に使用される着陸船です。有人月面着陸システムは、NASAがスペースX社とブルー・オリジン社(アルテミスⅤ以降で参画)の民間企業2社と連携して開発に取り組んでいます22)23)。
アルテミスⅢでは、宇宙飛行士がオリオン宇宙船で月軌道まで移動したあと、スペースX社の有人月面着陸システムを使って月面に着陸します。月では、サンプル収集や環境観察などの探査活動を行い、その後再び有人月面着陸システムでオリオン宇宙船に戻る計画です。
月周回有人拠点「ゲートウェイ」とは
アルテミス計画では月周回有人拠点「ゲートウェイ」の建設も重要なミッションです。ここでは、ゲートウェイの概要や建設スケジュールについて紹介します。
「ゲートウェイ」を建設する目的
ゲートウェイは、2028年に完成予定の月を周回する宇宙ステーションです24)25)。この施設は、宇宙飛行士が月面探査を行うための中継基地として建設されるだけでなく、宇宙環境での研究を行うための施設としても重要な役割を果たします。
ゲートウェイが完成すれば、宇宙飛行士4名が30日ほど滞在可能となり、これまでにない規模で月面探査が行えるようになります。
また、月面探査の中継基地に止まらず、火星やさらに遠方の惑星探査に向けた中継地点としても機能することが期待されています。
「ゲートウェイ」の建設スケジュール
ゲートウェイの建設は、2025年以降に開始される予定です。現在、各種モジュールの製造が地球上で進められている段階で、2025年にはこれらをスペース・ローンチ・システムなどのロケットで打上げます。そして各種モジュールを約1年かけて月周回軌道(※)まで輸送する計画です。月周回軌道上では、運ばれたモジュールを遠隔操作で組み立てる予定です26)27)。
ゲートウェイは、以下のようなモジュールで構成されます。
〈表〉モジュール
電力・推進・通信モジュール | 電力供給や地球との通信、推進機能を担当する施設 |
---|---|
初期居住モジュール | 宇宙飛行士の生活機能を支援する基本的な居住施設 |
その後、2028年に予定されているアルテミスⅣで、宇宙飛行士がゲートウェイに初めて滞在し、月面探査が行われます。このミッションでは、さらに生命維持機能を搭載した居住モジュール「I-Hab」の設置も行われ、ゲートウェイは月だけではなく火星探査の中継基地としての役割を強化します。
※:月周回軌道とは、月を中心として周回する軌道のこと。
参考資料
「アルテミス計画」には43カ国と民間企業が参加している
NASA主導で進められているアルテミス計画は、43カ国と世界中の民間企業が協力する国際的なプロジェクトです。アメリカが単独で進めたアポロ計画とは異なり、さまざまな国と民間企業の連携が、アルテミス計画の大きな特徴といえます。これにより、月面探査の発展がグローバルな協力体制のもとで進められています。以下では、参加する国や民間企業の取り組みの一例をご紹介します。
「アルテミス計画」に参加している国
2024年10月時点では、日本、イギリス、イタリア、スイス、スウェーデンを含む43カ国がアルテミス協定に署名し、計画に参加しています。アルテミス協定は、平和的な宇宙利用を推進する枠組みで、各国が協力して月面探査やその先のミッションを目指しています。なお、日本の役割については後述します。
●カナダ宇宙庁(CSA)
カナダは、次世代スマートロボットアーム「カナダアーム3(Canadarm3)」の開発・提供を行っています28)。カナダアーム3は、宇宙空間での修理や保守作業、点検、さらに船外活動中の宇宙飛行士をサポートするために設計されており、ゲートウェイの運用を支える重要な要素となります。人の操作が不要で、自律的に作業を行う能力があるため、長期的な月面探査をスムーズに進めてくれます29)。
●欧州宇宙機関(ESA)
欧州宇宙機関は、ゲートウェイのモジュールの開発・提供などを行っています30)。モジュールには、宇宙飛行士の居住空間となる「I-Hab」や、ゲートウェイや有人月面着陸システムへの燃料補給をサポートする「ESPRIT」、オリオン宇宙船へ電気や水などを供給する「ESM」などがあります。モジュール以外には、ゲートウェイから有人月面探査車などへ通信サービスを提供する「Lunar Link」も開発しています29)。
「アルテミス計画」に参加している民間企業
民間企業は各国の宇宙機関と連携し、アルテミス計画の実現に必要な機器や技術の開発に携わっています。以下は、参加する主要な民間企業とその取り組みの一例です。
【宇宙輸送システム開発】
●ロッキード・マーティン(アメリカ)
オリオン宇宙船の設計から開発までを担うのが、航空機や宇宙船の開発製造を行うロッキード・マーティン社です31)。同社は、これまでの宇宙船開発で培った技術を生かし、月周回軌道への移動が可能なオリオン宇宙船を開発しています。
●ノースロップ・グラマン(アメリカ)
軍需メーカーであるノースロップ・グラマン社は、スペース・ローンチ・システムの、固形ロケット・ブースターを開発しています31)。固形ロケット・ブースターとは、ロケットの推進力を補う部品のことです。また、同社はオリオン宇宙船の打上げ中止システムなどの開発にも携わっています。
●スペースX(アメリカ)
アルテミス IIIおよびアルテミス IVで使用するための、有人月面着陸システム「スターシップHLS」の開発を行っています31)。スターシップHLSは、ロケット、宇宙船、そして有人月面着陸システムの機能を併せ持つ、完全再利用型の宇宙輸送システムです。同社はスターシップHLSを打上げるために「スーパーヘビー(Super Heavy)」という推進力を補うブースターも開発しています32)。
●ブルー・オリジン(アメリカ)
ブルー・オリジン社は、2030年以降のアルテミスⅤで使われる有人月面着陸システム「ブルー・ムーンMK1(Blue Moon MK2)」の開発を進めています31)。ブルー・ムーンMK1は、月面のどこにでも最大3トンの貨物を輸送できる設計となる予定です33)。
【月面インフラ】
●トヨタ自動車(日本)
トヨタ自動車は、JAXAと共同で月面を探査するための有人与圧ローバーを開発しています34)。これは、有人月面探査車のことで、月での長距離移動と科学調査を支えるために、与圧空間(※)が備えられているのが特徴です。船外活動服を着用せずに宇宙飛行士が乗車できるため、長期間の月面探査が行われる際に欠かせないモビリティとなることが期待されています。
※:与圧空間とは、地球と同様の気圧や酸素濃度を維持し、宇宙飛行士が宇宙服を着用せずに生活・作業できる安全な空間のこと。
「アルテミス計画」における日本の役割
日本は2020年10月にアルテミス合意に署名し、さまざまな分野でJAXAや日本の民間企業が関与しています35)。前述で紹介したトヨタ自動車もそのひとつです。ここでは、「アルテミス計画」における日本の役割をいくつか紹介します。
参考資料
日本人宇宙飛行士2名が月面着陸予定
2024年4月の日米首脳会談で、日米間のアルテミス計画における協力事項に署名が行われました36)。この署名で大きな話題となったのが、日本人宇宙飛行士の月面着陸への参加です。
この協力に基づき、2名の日本人宇宙飛行士がアルテミス計画に参加することが決定しました。1人目の宇宙飛行士は、早ければ2028年のアルテミスⅣで月面に降り立つ予定です。2人目は2032年に実施されるミッションで、有人月面探査車を操縦して月面での探査を行う計画となっています。
なお、2024年10月時点では、米田あゆさんと諏訪 理(まこと)さんが有力候補と報じられています37)。
「ゲートウェイ」滞在に必要な生命維持技術を開発
JAXAは三菱重工と協力して、ゲートウェイで使用する居住モジュール「I-Hab」に搭載する環境制御・生命維持技術「ECLSS」の開発を行っています38)。ECLSSは、I-Habへの空気の供給、二酸化炭素や有害ガスの除去などを行い、宇宙飛行士が安全に滞在できる環境を提供します。
「ゲートウェイ」への物資補給
JAXAは、三菱電機などと協力し、ゲートウェイに物資などを届ける新型宇宙ステーション補給機「HTV-X」の開発を進めています39)。HTV-Xは、国際宇宙ステーションへの物資補給を担ってきた「こうのとり」の後継機です。将来的には、ゲートウェイへの物資供給にも使用される予定です40)。
参考資料
新たな宇宙時代へ「アルテミス計画」の今後に期待
アルテミス計画では、多くの国と民間企業が参加し、世界中の最先端技術や知識を結集して、月面着陸やゲートウェイ建設といった壮大なミッションに挑戦しています。これらが成功すれば、月へ移住するという未来もあるかもしれません。
そんな未来を想像しながら、今後のアルテミス計画の進展を見守りましょう。
【関連記事】月旅行の費用はいくら?一般人はいつから行ける?月へ行く予定の日本人も紹介
【関連記事】月面基地はいつ実現する?利用目的や構想をわかりやすく紹介
【関連記事】月の裏側の秘密とは?見えない理由や日本が行った探査を解説
※この記事の内容は2024年11月13日時点の情報をもとに制作しています